書評ブログ

日々の読書の記録と書評

夢十夜(夏目漱石)

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「こんな夢を見た」で始まる短い夢語り10編。日常生活の延長線上にある夢、少し幻想的な夢、さまざま。僭越ながら各編にタイトルをつけるとこんなところ。

第一夜 死んだ女を100年待つ

第二夜 侍の悟り

第三夜 100年前の秘密

第四夜 東京の笛吹き爺さん

第五夜 天探女

第六夜 明治に来た運慶

第七夜 死ぬほど退屈

第八夜 床屋の日常

第九夜 むなしいお百度

第十夜 豚は崖から落とせ

三四郎(夏目漱石)

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熊本から上京して東大に入学した三四郎が、学問に、交友に、恋愛に、学生生活を謳歌する青春グラフィティ(2/3は恋愛譚だが)。

東大に入学することになった三四郎は、暑い盛りに電車で上京する*1。道中、車中で出逢った女性との(ある意味残念な)一夜や、文明論をぶつオッサンの毒気に当てられたりと、入学前から「洗礼」を受ける*2

入学後、バンカラで自由奔放な同級生小次郎や、風変わりな文学評論家で一高教師の広田、地下の研究室にこもっては日夜光圧を測定するこれまた変わり者の物理学者野々宮とその妹達と出会い、交流を深めてゆく。

そして、大学構内の池にたたずむ美禰子に一目惚れし、次第に振り回されるようになる。まあ、三四郎が晩稲だったのが幸いで、深入りしなくてよかったねと思うが。

また、明治時代の大学や大学生の雰囲気が垣間見え興味深い。日本の大学の黎明期で大学進学率が1%にも満たない時代の貴重な記録ともいえる。

*1:当時の大学は9月入学だったことがわかる

*2:この洗礼はもちろん入学後の三四郎の軌跡を仄めかす伏線である。

こころ(夏目漱石)

高校の教科書にも載っている小説。教科書は後半の1/3に当たる「先生」の遺書が中心で、「先生」と「私」の出会いや「私」の家族の話は大半がカットされている。

大学在学中の「私」は、鎌倉のビーチでだいぶ年上の「先生」と出会う。先生というが無職であり、遺産があるせいかそれでも生活できている。学者肌のインテリ振りが「私」に尊敬の念をかき立てる一方、時折見せる厭世的でシニカルな言動や、親友の月命日にせっせと墓参りする行動が「私」の好奇心を刺激していた。

ちょうど「私」が大学を卒業する頃父親の持病が悪化し帰郷する。父親が衰弱しいよいよという頃、先生から自殺をほのめかす手紙を受け取り、「私」は東京行きの列車に飛び乗る。

今時、大学生と無職のインテリ中年が出会い、これほど親しくなるシチュエーションはなかなか考えにくい。何しろ、先生の手紙で親の死に目を放り出してまで帰京するのである(たとえそれが先生の自殺をほのめかす内容であったとしても)。この場面設定は、当時の大学生のインテリへのあこがれと両者の社会的な距離の近さという、世相の断面を表しているように思われる。

この後は先生の遺書の引用で終わる。同じ下宿に住む親友Kと下宿のお嬢さんをめぐって争い、抜け駆け的にお嬢さんと婚約した直後にKが自殺、良心の呵責や利己的な自身の有り様に苛まれるこころの告白。あらゆる物事を悪い方に受け止め、自分を責め続ける。それを家族に打ち明けることもできずにひたすら孤立の泥沼にはまってゆく*1

遺書は良心の呵責が自殺の理由であるように示唆しながらも、明治の精神に殉じるのだと明言する。「私」の父親明治天皇崩御や乃木稀典の殉死の報に接して元気をなくすという伏線があるのだが、これは先生の本心なのか、それとも遺書においてなお事実関係は告白できてもこころのうちを告白できなかった先生の最期の強がりだったのか。

*1:この傾向は「門」の宗助と御米にもある。神経衰弱の経験がある漱石が当時を参考に描写したように思える。「門」と「こころ」の違いは支え合いの有無か。

門(夏目漱石)


宗助と御米夫婦は崖の下に建つ小さな借家でひっそりと暮らす。夫婦仲はとてもよいのだが、過去の事件がもとで、親戚付き合いも疎遠がちだった。子宝にも恵まれない。

そんな中、大学生の弟の小六が伯母からの学費の援助を打ち切られ、宗助が引き取ることになるが、学費までは宗助の給料では工面できず、小六は休学する。そのうち小六は飲酒を覚えて生活が荒み始める。御米も体調が勝れない。そんな中、宗助は父の遺産の屏風が縁で大家の坂井と仲良くなる。

前半では、過去の事件が明かされないまま、宗助と御米の生活が淡々と描写される。しかし中盤でそれが明かされる。宗助は大学に在学中、親友の安井と交際していた御米を略奪し、実家から義絶され、大学も退学していたのだった。「それから」の続編といわれるのはこのためである。

そして、何の因果か坂井から、坂井の弟と安井がモンゴルにおり、今度家に来るから紹介したいと持ちかけられる。宗助はとても安井に顔を合わせる勇気はなく、10日間禅寺に籠って雲隠れを決め込み、(ついでに?)救いか悟りか、何物かを求めようとする。

10日間籠ったくらいで何も得られたとは感じられなかったが、安井と顔を合わせずには済んだ。そのころには小六は坂井の書生として住み込み、宗助から学費を出す段取りがつき復学する。こうして嵐は一段落するが、宗助の気持ちがすっきり晴れたわけではない。

 御米は障子の硝子に映る麗かな日影をすかして見て、 「本当にありがたいわね。ようやくの事春になって」と云って、晴れ晴れしい眉を張った。宗助は縁に出て長く延びた爪を剪りながら、 「うん、しかしまたじき冬になるよ」と答えて、下を向いたまま鋏を動かしていた。

宗助と御米は、過去が負い目となり、悪いできごとを過去と結び付けて考えたり、将来に不安を覚えながらひっそりと暮らし続けてきた。今までも、これからもそうだろう。それでも二人は淡々と、仲睦まじく暮らしてきた。今までも、これからもそうなのだろう。そんな過去・現在・未来の連続性を強く感じさせる結末。

道草(夏目漱石)

外国留学から帰ってから大学に勤め、教育に、執筆に多忙な健三。妻とは喧嘩が絶えないばかりか、養父母が金をたかりに来て(養父母が二人がかりでにたかるのではなく、養父と養母がそれぞれたかりに来るのである)、気が休まらない。そうこうしているうちに妻の出産が近づきますます忙しくなる。そんな健三の毎日と心の動きが微に入り細に描かれている。

漱石自身の軌跡とこの小説の設定が酷似しており、漱石が自らの体験を書いたのではないかと見る向きもある。また、2ページ程度に小分けにされた小節100個程度からなり、明らかに新聞小説を一冊にまとめた体裁である(事実、初出は朝日新聞への連載)。妻はヒステリーだの娘は不細工だの産まれたばかりの娘が怪物みたいだのと新聞にぶちまけられては、家族も大変だ…。

野分(夏目漱石)

裕福で明るく結婚を控えた中野と、シャイで堅物で胸を病む高柳。二人は大学の文学部で同期だった友人である。そして、頑固さゆえに生徒(その中に高柳もいた)や同僚にいじめられて教壇を追われた後、今度は雑誌編集で糊口を凌ぎながら文壇に新たな一ページを開かんと刻苦勉励する(が、生活は苦しく妻を困らせている)道也先生。この3人の淡い交わりが描かれる。

道也先生が雑誌で、演説で語る文学論・明治社会論が熱い。特に、以下の演説の一節は、昭和初期の日本を見透しているようで興味深い。

およそ一時代にあって初期の人は子のために生きる覚悟をせねばならぬ。中期の人は自己のために生きる決心が出来ねばならぬ。後期の人は父のために生きるあきらめをつけなければならぬ。明治は四十年立った。まず初期と見て差支なかろう。すると現代の青年たる諸君は大に自己を発展して中期をかたちづくらねばならぬ。(中略)
後期に至るとかたまってしまう。ただ前代を祖述するよりほかに身動きがとれぬ。身動きがとれなくなって、人間が腐った時、また波瀾が起る。起らねば化石するよりほかにしようがない。化石するのがいやだから、自から波瀾を起すのである。これを革命と云うのである。 

高柳が中野から借りた転地療養費を道也先生に 投げるように寄付する最後のシーン、高柳をそのような激情に駆り立てたものは何だったのか。道也先生を教壇から追い立てたことに対する悔悟か、道也先生が追い求める理想に対する熱に浮かされたような共感か。あまりに極端な行動を解しかねている。

女系家族(山崎豊子)

代々女系(長女が婿を取って家督を継ぐ)で続いてきた大阪船場の老舗問屋の相続ゴタゴタストーリー。これまで何度もドラマ化されている。

山崎豊子は、初期の大阪船場の商人モノと後期の社会問題や社会現象を題材にしたドロドロ劇が多いのだが、これは両者をミックスしたような作品。

船場の問屋矢島屋の主が病気で早世した。臨終直前に遺言書を番頭に手渡し、人払いまでしてこっそり愛人を呼んで最後の言伝をする。

妻はすでに亡く、実子は娘が三人。出戻りの長女・婿を取って矢島屋を継いでいる次女・まだ学生でのんびりした三女が莫大な遺産の相続者となる。この家系は、代々惣領娘が婿を取って続いてきた女系家族、主ももちろん婿養子で生前肩身の狭い思いをしていた。

葬儀後の親族会議で番頭が遺言書を読み上げ、そのわずかな曖昧さと、初めて明かされる愛人の存在により争続の幕が上がる。

争続は親族内にとどまらず、娘たちに取り入っておこぼれにあずかろうとする者、長年横領を働き遺産からも分捕りを企てる番頭、主の忘れ形見の出産に必死な愛人が入り乱れて壮絶な駆け引きが繰り広げられ、ようやく着地が見えたと思ったら、大どんでん返しで争続の幕が下りる。

争続劇には、人間関係の描写だけではなく、遺言・相続・不動産鑑定の実務がしっかり織り込まれており感心する。

また、毎回不規則発言で紛糾する親族会議に懲り、娘三人の個別撃破でシャンシャン親族会議を狙う作戦に切り替える番頭の姿が、大企業のサラリーマンにも似て哀愁を誘う。

物語は昭和34年の設定で、船場にもビルが増え、ビルの谷間に残された商家という描写がされている。相続後まもなく高度成長が始まり、娘たちや愛人も時代の流れに翻弄されたことだろう。彼女たちも今頃は80代、そろそろ人生を終えるころである。高度成長から平成不況に至る日本の中で、最後に笑ったのは誰か、「その後」の物語に想像を逞しくしてしまう。

幻影の盾(夏目漱石)

イングランドの伝説時代を題材に取った、ある騎士の戦いと恋の幻想的な物語。日本人が登場する漱石のメジャーな大作とは雰囲気が異なる。「倫敦塔」に近いか。 

見慣れない漢語が多い。辞書を引き引きゆっくり味読しよう。

プログラミングの心理学 25周年記念版(ワインバーグ)

1970年代のIT業界で、プログラマー心理的な側面とパフォーマンスの関係に焦点を当て、ひいてはあるべきマネジメントの姿を考察した古典。

それから25年たっての(1998年)著者のコメントが章ごとに丁寧に付されている。今でも通用するところが多いと思う。

以下、心に残った(響いた)箇所の備忘。

【目標の設定・達成】
  • メンバーが、下位の仕事を割り当てられたことに対する感情を抑圧すると、チームの努力が予想外に損なわれることがある。エゴレスプログラミングを行うと、個々のプログラマーがシステム全体の中で自分の役割を受け持っていると感じるため、そのような感情は和らげられやすい。
  •  グループの目標についてほんとうの合意に達するには、グループがみずから目標を設定するのが最良の方法である。
    • まず、目標の設定に参加することで、より明確に目標を理解できる。
    • 次に、グループのメンバーが目標に取り組む姿勢をあきらかにする機会がつくれる。いったんそのような姿勢をあきらかにすると、認知的不協和によって、目標を受け入れやすくなることがわかっている。
    • しかし、これらの要因は別にしても、目標の設定に参加すること自体が、個人がチームの目標を心から受け入れる決定要因となり、ひいては生産性の向上につながる。
  • 上層部を喜ばせるには、言われたことをなんでも引き受けるのが一番だと考えるかもしれない。しかし、最終的に上層部が求めるのは約束が守られることであり、それには、チームに約束を目標として受け入れさせることができなければならない。チームリーダーは、次のことを学ぶ必要がある。
    1. どれほど強く「約束」を要求しようと、上層部がほんとうに求めているのは「結果」である。
    2. チームの全員参加で設定した目標を追求した方が、はるかに容易に結果が得られる。
  • 降りる覚悟のあるリーダーだけが、ほんとうに成功する可能性がある。

 

【民主的グループのビルディング】

  • チームに入れるプログラマーを選ぶときは、移り変わる構造の中でうまく適応できる人物(支配的すぎず、受動的すぎず)を選ぶようにするべきである。
  • プログラマーの訓練にあたっては、有能なリーダーに従う方法と、自分がグループ内で最もリーダーに適任であるときに、リーダーシップの機会をつかむ方法を教えるべきである。
  • そして、チームのライフサイクルの間は、部外者はチームの民主的プロセスに介入しないようにするべきである。
  • チームの人選が終わって稼働し始めると、その上に立つマネージャが賢明であれば、チームの内部構造と構造の変化については「無干渉」の方針をとるはずである。

 

【グループ運営とリーダーシップ】 

  • 民主的なグループでは、リーダーシップ、あるいは影響力は、1人だけがもつものではなく、チームのニーズがその人の能力やアイディアに合えば、メンバーからメンバーへとめぐっていくものである。
  • 機能する民主的なグループの重要な要素は、メンバー全員が等しくリーダーシップを発揮することではなく、リーダーシップが外部からの圧力ではなく内部の現実によって決まることである。

 

【トラブル対処】

  • 「民主的」に組織されたチームは、(中略)メンバーを失ったショックにうまく対処できる場合が多い。
  •  逆に、民主的に組織されたチームにとって、新しいメンバーを受け入れるのは難しい場合がある。チームの構造の中に、新しいメンバーが占めるべき明確な位置がないからだ。逆説的なようだが、民主的に組織されたチームは、部外者にとって一見冷淡でよそよそしく感じられ、権威主義的なチームのメンバーは、新人には温かく親しみやすい場合がある。
  • もう1つ危機が生じやすいのは、メンバーの1人が作業分担をこなせないことに、ほかのメンバーが気づき始めたときである。民主的チームの場合、そのメンバーからほかのメンバーへ徐々に仕事が移っていく可能性が最も高い。中央集権型の強力なリーダーが1人いるチームの場合、問題のメンバーを辞めさせる可能性の方が高い。しかし、それで終わりではない。問題が認識される頃には、交代要員を確保して訓練する時間も十分になく、やめさせても何も解決しない場合がある。
  • 民主的グループの場合、能力はあるが仲間とうまくやっていけないメンバーの方が、まったくの能力不足より深刻な問題になることがある。

プログラミングの心理学【25周年記念版】

花紋(山崎豊子)

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大阪河内長野の大地主の家に生まれた総領娘が恋に短歌に生きようとするも、あまりに封建的な家に縛られ、陰鬱のうちに過ごした一生を描く。

終戦直前の昭和20年6月、主人公は空襲を逃れ、兄の伝手で河内長野の大地主の御寮人様葛城郁子の家に身を寄せる。郁子は老婢と二人暮らしで、食糧難にもかかわらず豪華な食事に主人公は驚く。

ある日、主人公は納屋から男性と思われる弱々しい声を聞くが、郁子も老婢も空耳だろうの一点張りで、その後主人公が納屋に近づくことを阻止する。しかし、ある日男性が体調を崩し、郁子の指示で主人公は医者のもとに走るが、その甲斐なく男性は死亡する。

そんな不思議な日々も終戦で終わり、1年経ったある日、主人公は老婢から手紙を受け取る。手紙には郁子の死と、郁子の人生について話をさせてほしいという老婢の願いが記されていた。主人公が老婢を訪ねると、老婢は郁子が歌人御室みやじであったことや、郁子の一生を語り始める。

老婢が語る郁子の一生は、家庭内の多くの確執と陰謀に翻弄されたと言える(自身の妥協のない誇り高さが拍車をかけた側面もある)。この閉ざされたピラミッドの中で繰り広げられるドロドロ劇が読みどころで、「白い巨塔」や「華麗なる一族」にも通じる山崎豊子の真骨頂である。

大地の子(山崎豊子)

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終戦時に中国に取り残された孤児と日本に帰還した父親の数奇な運命を、壮大なスケールで描いた感動作。

ソ連満州国国境に近い日本人開拓村にいた松本勝男は、1945年8月9日のソ連侵攻で両親と生き別れ、一緒に逃げた妹あつ子ともやがて引き離されてしまう。

実直な養父母に引き取られた勝男は中国人陸一心として育てられ、大学を出て北京鋼鉄公司の技術者として働き出す。しかし、学校では小日本鬼子といじめられ、文化大革命勃発後は日本人であることを理由に職場でも理不尽な弾圧を受け、挙句の果てに収容所に送られる。

実父耕次は引揚後東洋製鉄に勤め、仕事のかたわら生き別れとなった子供の消息を尋ねていた。昭和50年代になって上海の巨大製鉄所建設プロジェクトが始まり、耕次も東洋製鉄から派遣される。

この後の耕次・勝男(一心)・あつ子の運命は読んでのお楽しみ(だが、見当はつくだろう)。

山崎豊子の日中両国の取材の成果が凝縮されている。

昭和恐慌に端を発する事実上の棄民政策がもたらした悲劇の実相は胸に迫るものがある。また、中国に取り残された孤児の運命の多様さも教えられる。テレビで見る中国残留日本人孤児で訪日する人ばかりではない。養父母に虐待されそのまま亡くなった人、自分が日本人であることを知らない人、自ら中国人として生きる道を選んだ人もいる。帰還できたことが幸福とは限らず、2世・3世が怒羅権を結成し、日本が中国国内のマフィアの代理戦争の舞台と化していることは、本作では述べられていないものの周知の事実*1

また、上海製鉄所建設を巡る中国の苛烈な政争と腐敗、文化大革命で散々行われた吊るし上げ、収容所の実態など、中国現代史の闇も興味深い。

*1:マフィア化については警視庁公安部青山望 報復連鎖に詳しい

警視庁公安部・青山望 報復連鎖(濱嘉之)

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警視庁の各セクションに散らばる同期同教場4人組が裏社会と対決するシリーズ第3作。

青山始め4人の同期カルテットは揃って警視に昇任し、所轄の課長として活躍していた。そんな中、青森県の大間から築地市場に送られたマグロの箱から男性の遺体が発見される。遺体は腹を真っ二つに裂かれ、内臓を取り出されていた。むごたらしく犯行を誇示するような手口。復讐か、大陸系マフィアか。動機や犯人像を絞り込めない警視庁は青森県警に公安捜査官を派遣する。そして、被害者の所持品から大間原発六ヶ所村再処理施設建設にまつわる利害関係を記したメモが見つかり大騒ぎになる。ここから、同期カルテットの部署を超えた情報収集、捜査協力が始まる。

今回も、裏社会のアクター政治家・暴力団・中国は健在だが、そこに半グレ集団の東京狂騒会と龍華会*1が加わる。

半グレ集団の成立、血で血を洗う激しい抗争から合従連衡に動くダイナミックな歴史は圧巻。現実でも警察は半グレ集団の実態把握に後手を踏んでいるが、その意外な理由は必見。また、今回も実在の政治家をモデルにした人物を登場させているが、一人は明らかに加藤紘一であろう*2

取調べシーンは今回も健在で、覚せい剤所持の現行犯で逮捕した世間知らずの国会議員をいたぶり自供に追い込むシーンも見逃せない。

今回も最初の殺人事件をきっかけに裏社会の悪事をいくつも解明し、一斉検挙するのだが、その後の公安部長の台詞がふるっている。

確かの三件の帳場が開いて、それぞれの戒名がついたが、どのマスコミもこれが一つの事件と報道していないんだよな。

それは警視庁が別の事件であるかのように広報しているからだろうと突っ込みたくなるが、現実でもこういうことは起きているのではないか、特に「外国人マフィアの抗争と思われる」などと報道された瞬間に違う世界の出来事であるかのように錯覚し、関心を失っていることはないか、考えさせられる台詞である。

*1:言うまでもなく関東連合と怒羅権がモデル

*2:実際は息子ではなく娘に跡を継がせたなど、ディテールに違いはあるが

花のれん(山崎豊子)

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大正から昭和初期に、お笑いのプロモーターとして一世を風靡した女性の強烈な生涯を描く。吉本興業がモデルとも。

日露戦争直後、大阪の呉服屋のぼんぼんに嫁ぐ多加。しかし夫は甲斐性なしで、毎日落語見物に出かけては、落語家と芸者遊びに興じる日々。家計は多加が支えていた。夫が信用取引で大損を出した日、多加は夫と話し合い、夫が好きな落語の寄席の経営に乗り出す。

夫は初めのうちこそ遊び仲間の伝手で落語家のスケジュール確保に大いに貢献したのだが、外に愛人を作り、酒好きもたたり38歳の若さで愛人宅で腹上死を遂げる。絵に描いたような遊び人の末路である。

そこから番頭のガマ口*1と二人三脚で、ひたすら事業拡大に走り、しまいには通天閣まで買収するのだが、戦争に向かう世相の影が次第に忍び寄る。

事業一筋で遮二無二生き、時には札束で横面をはたきながら大阪のシンボル通天閣まで買収した多加の姿に、戦後焼け野原から復興し、バブル期にロックフェラーセンターまで買収した日本経済を彷彿とさせる。もちろん、本作の初出は1958年、高度経済成長の前であり、そのような意図はもとよりないのだが。
また、安来節ブーム・関東大震災・ラジオの登場・桂春団治エンタツアチャコの登場と、上方演芸裏面史としても面白い。

*1:口が大きいので「ガマ口」。最後まで本名が明かされず「ガマ口」で通っている。

警視庁公安部・青山望 政界汚染(濱嘉之)

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警視庁公安部の青山望たち警察学校の同期カルテットが、政財界・暴力団・外国の闇に斬り込むシリーズ第2作。

都内に複数の病院・介護施設を擁する有数の医療法人の理事長が、日本公正党の重鎮で厚生族の大澤純一郎*1の引きで参院選比例区に出馬するところから事件が始まる。
市議に裏金をばら撒き、怪しげな選挙コンサルタントに大枚をはたいたものの惜しくも次点。政治活動から足を洗って病院経営に戻ろうとした矢先、当選した議員がひき逃げで死亡して繰上当選。同時に裏金を渡した議員もひき逃げで死亡し、選挙参謀だった事務長が消えた…。

今回も、病院経営に乗り出し数々の悪事を企み、産廃業者に乗り出し犯罪の証拠隠滅に利用する暴力団、スパイ機能を仕込んだルーターを日本で売りさばき、同じ手口で防衛機器を外国に売る中国、それを操る政治家の素顔、それぞれを追う4人の捜査が一点に収斂する。その様は青山の以下のセリフに凝縮されている。

日本社会の裏構造というかな、そこにメスを入れようとすると、政財界の暗い部分がどうしても照らし出されてしまう。

犯人を匿う病院に向かう刑事に東京警察病院の医師が同行し、病院の医師と面接して犯人を警察病院に転院させるシーン*2など、小ネタも興味深い。

*1:小沢一郎小泉純一郎を足して2で割ったようなキャラクターだろう。

*2:東京警察病院は、一般患者の外来・入院・手術・救急搬送を受け入れる普通の病院で、東大を卒業した医師が比較的多い。他の病院と大きく違うのは、捜査協力という特別なミッションを持っていることである。1995年に警視庁がオウム真理教上九一色村の施設に強制捜査に入った際、ここの医師が同行している。また、覚せい剤で逮捕された清原和博も逮捕直後ここに収容されている。

重力とは何か アインシュタインから超弦理論へ(大栗博司)

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 第一線の物理学者が、今日の物理学の最重要テーマ『重力』について、最先端の話題を巧みな比喩を織り交ぜながらわかりやすくかつ正確に解説してくれる。

重力の研究はニュートンがリンゴを見て重力のアイディアをひらめき、惑星の公転運動を説明してみせたことに始まるが、アインシュタイン相対性理論によって重力の本質が解き明かされ、ブラックホールの存在が予言されることが語られる。さらに、量子力学の不思議な世界の数々が語られる。ここまでが準備。

後半では、素粒子を点ではなく振動する弦や膜だととらえる超弦理論と、ホーキングに端を発する現代のブラックホールの研究が融合し、重力ホログラフィー原理が語られる。

全体に、正確、丁寧、わかりやすい説明が貫かれ、17世紀のニュートンから21世紀のホーキングに至るの物理学の発展が良く分かる。また、物理学史の偉人の線画が随所にあり、これが微妙に面白い。

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