書評ブログ

日々の読書の記録と書評

ムッシュ・クラタ(山崎豊子)

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山崎豊子といえば、読み応えタップリの長編を思い出すが、これは短編・中編集。夫婦関係の無常を描いた作品が多い。

  • ムッシュ・クラタ
    フランスに傾倒する風変わりな新聞社の外信部長が亡くなって10年。同じ社で女性記者だった「私」が氏の友人4名と妻子に生前の思い出を聞きに行き、過酷な戦時体験や生い立ちにまで遡ってダンディズムのバックボーンを明らかにして行く。
    山崎豊子にとって印象深い人物を書き遺すとともに、彼女の創作活動のあり方を自ら記した、二つの意味での私小説であろう。
  • 晴れ着
    義弟と駆け落ちした女が、病床の義弟のために質入れした晴れ着を借り受け、いそいそ帰ったが…。晴れ着フェチという隠微で淫靡な横糸を味わいたい。
  • へんねし
    大阪の洋傘屋の旦那、女好きで愛人を囲っては早死にしてしまう。そんな愛人達を懇ろに弔い、子供すら引き取って育てる妻の姿に、旦那は薄気味悪さを感じるのだが…。へんねしとは何か、それは読んでのお楽しみ。女ってコワい、というラスト。(サスペンスではないので妻が犯人だったというオチはないです、念のため)
  • 醜男
    美人妻が自慢の醜男のサラリーマン。妻のPTA役員当選をきっかけに夫婦関係が破綻し、ただの金蔓と化す。同情した妻の実家に後妻を紹介されたのだが…。「ただしイケメンに限る」という現実は今も昔も変わらない。

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警視庁情報官 シークレット・オフィサー(濱嘉之)

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警視庁の超優秀なノンキャリアの公安マンを主人公に据えた、公安モノの警察小説シリーズの第一弾。

原発利権とそれに群がる政治家・宗教団体などの暗躍、それに対峙する公安警察の活躍が描かれている。秀逸なのは、原発に反対する地主を暴力団を使って追い出すシーン。証拠を残さないために暴力団が選んだアナログな手段に微笑。シノギも楽ではない。 また、公安の基本「転び公妨」による被疑者逮捕のシーンもリアルである。

濱嘉之の経歴を見ると、警視庁の公安マンとして活躍したことが伺える。その頃の実体験や見聞を投影させているのだろう。登場する団体や人物には大抵実在のモデルがある(さすがに、警視庁総務部に情報室という秘匿セクションを作った設定はフィクションだと思うが…)。

公安というと左翼を監視するイメージが強いが、現実はそれだけではない。日頃から社会に多くの協力者を作りつつ、一旦背後関係が複雑な事件の端緒をつかめば、協力者を使って陰に陽に捜査を指揮し、政官財、宗教、反社にかかわらず犯罪者を一網打尽にすることが本来のミッションであることがわかる。

それだけに登場人物・団体、背後関係の説明に多くの紙数が割かれ、ラストでももやもやが残りカタルシスがあまり得られない。利権が絡む事件の場合、多くの端緒情報のうち立件され、報道されるものは一部に過ぎないだろうから、これは捜査の現実を表しているのかもしれない。また、膨大な情報には次作以降の伏線も含まれている。

この巻は、シリーズの導入編として、公安警察を知る資料として、そして実在のモデルを想像しながら読むのが面白いだろう。

《Amazon》警視庁情報官 シークレット・オフィサー
《楽天》警視庁情報官 シークレット・オフィサー 

臨場(横山秀夫)

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言わずと知れたテレビドラマの原作。

主人公の倉石警視は、 豪放で、一匹狼で、しかも非常に優秀な検視官。終身検視官だの、クライシス・クライシだのと綽名される。心酔する者は多いが上にとっては扱いにくいタイプの典型である。

倉石はすべてにおいて鋭さが突出した人物として描かれているが、ドラマほど極端なキャラクターではない。わざわざ捜査会議に出て野菜をかじることはないし、小説の全編にわたって主人公として前面に立って目立つわけでもない。
しかし、その腕と人物によって病死、自殺、他殺を的確に見極め、背後の人間模様まで明らかにする、その様は鋭利な剃刀を思い起こさせる。

《Amazon》臨場(横山秀雄 光文社文庫)
《楽天》臨場(横山秀雄 光文社文庫)

動機(横山秀夫)

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警察とその周辺の人々にまつわる事件を取り上げた短編推理小説集(「逆転の夏」だけはやや趣が違う)。
警察内部の不祥事あり、警察回り記者の引き抜きあり、裁判官の居眠りあり。その陰には必ず意外な犯人と意外な動機がある。そういう「中の人」たちの人間模様が興味深い。

《Amazon》動機(横山秀夫 文春文庫)
《楽天》動機(横山秀夫 文春文庫)

陰の季節(横山秀夫)

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警察内部の不祥事や県警本部の職務を題材にした、異色の短編推理小説集。
ドラマで取り上げられることが少ない人事・監察・議会対策に携わる県警本部警務部の警察官が奔走する。

全ての話に用意されている大どんでん返しがとても面白く、推理小説として一級。また、物語の背景として語られる警察組織の内情も非常に興味深い。お薦め。

《amazon》陰の季節(横山秀夫 文春文庫)
《楽天》陰の季節(横山秀夫 文春文庫)

あかね空(山本一力)

楽天ブックス版  あかね空

京都で鍛えた豆腐作りの腕を頼りに江戸に出てきた栄吉と妻おふみ、そして3人の子供たちの家族ストーリー。全編を通して人情に溢れ、泣かせる作品。直木賞受賞作とのこと、相応しいと思う。

《第一部》
栄吉は江戸の深川で豆腐屋を開き、豆腐の好みの違い(江戸は木綿で京都はソフト)に戸惑いながらも努力の甲斐あって次第に受け入れられ、江戸の豆腐業界で確固たるポジションを築いてゆく。その裏にある下町の人々のさりげない気遣いと、それを知らずに成功を素直に喜びあう栄吉とおふみの姿に泣ける。冷静に考えるとあまりにも出来すぎた話だが、それを差し引いても人情に胸うたれるものがある。

《第二部》
子供たち3人+次男の嫁が、様々ないきさつですれ違い、対立し、危機を迎え、そして和解する。親子2代にわたって長い時間をかけてもつれた糸が、ここでも人々の人情を助けにきれいにほどけ、未来を語る最後に何かほっとした。

良寛(立松和平)

楽天ブックス  上巻 下巻

江戸時代の禅僧良寛の伝記。

子供の頃に読んだ百科事典の影響で、良寛には子供好きで、一日中子供と手まりをついて遊んでいたいい人というイメージが強かったが、若いころに厳しい修行に打ち込み成就してきた宗教者としての太い背骨を持っており、また書道や詩歌に優れる風流人でもあったという。

上巻では、近所の寺に出家して以来ストイックに修行に邁進する良寛が描かれ、張りつめた緊張感がある。良寛が食事や身だしなみの作法を真似ながら学ぶ場面では、仏教における正しい作法が事細かに描かれている。仏教の教えとは、死後の世界と精神論を説くだけではなく、日々の生活をよりよく生きるための具体的な指針を示すものでもあることを教えられる。

下巻になると雰囲気が変わり、父の死をきっかけに視線が自分から衆生に向いた良寛の温かいエピソードが描かれる。子供と遊ぶ一方で、疫病で次々と子供が亡くなっていく。そして老境を迎え兄弟や友人が次々と苦境に陥ったり亡くなるようになり、次第に無常と寂寥を強く感じさせるようになる。作者の立松和平が執筆中に亡くなったため、良寛の最期が描かれることなく突然終わっていることが、その余韻を一層深めている。

 随所に良寛の手になる短歌・俳句・漢詩が散りばめられ、鑑賞するのも一興。

(不勉強を喧伝するようで恥ずかしいが、これまで立松和平ニュースステーションで旅行していた人という認識しかなく、仏教に関する著作を多数著している作家だということも本書で初めて知った。)

倫敦塔(夏目漱石)

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主人公が見物に行ったロンドン塔で、かつてここで非業の死を遂げた人物の悲哀の姿を想像し、目の前の風景のように活写した幻想的な作品。
漱石自身がロンドン留学中にロンドン塔を見物し、この記憶を下敷きにしたのだろう。

満韓ところどころ(夏目漱石)

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漱石の友人中村是公満鉄総裁)に招かれた満州旅行の紀行。日本の都会とは雰囲気の違う大連の街並みや広大な満州の田園風景、そして戦後間もない日露戦争の激戦地旅順の様子がくっきりと描かれている。
作中で何度も謳われる当時の大連の澄みきった空気は現在も残っているだろうか。

明暗(夏目漱石)

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 新婚の由雄とお延。しかし二人はどこかよそよそしく、しかも派手好みがたたり家計は火の車。由雄が手術費用を実家に無心するに至ってついに父親もキレ、援助を渋るようになる。
お延が奔走し、お延の叔父の援助を受けることになったのだが…。
執筆中に漱石が永眠したため、未完成となっている(いいところで終わっているので、物足りなさを感じるかも)。

草枕(夏目漱石)

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 写生旅行に出た主人公と宿の女主人の恋愛物語(東京帝大の教壇で'I love you.'を「月がきれいですね」と訳すよう指導した漱石にとって、これは官能小説とすらいえるのではあるまいか)。主人公が語る漱石の芸術論も興味深い。

坊っちゃん(夏目漱石)


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無鉄砲な坊っちゃんが数学教師として松山に赴任して始まる痛快ストーリー。ストレートな人物描写と江戸っ子らしい坊っちゃん自身のナレーションが小気味良い。

ハゲタカ(真山仁)

 

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ハゲタカ→ハゲタカ2→レッドゾーン→グリード と続くハゲタカシリーズの第一幕。

2000年頃の平成不況にあえいでいた日本で、不良債権や経営が傾いた会社を安く買って短期間でボロ儲けする外資投資銀行は、死肉をむさぼるハゲタカと言われていた。

そのハゲタカファンドの一つを率いる日本人を軸に据え、さまざまな企業の再生に携わる人々を描いている。世論誘導のためマスコミへのリーク合戦も辞さない企業買収ビジネスの熾烈な舞台裏が語られつつも、決して感情的なハゲタカ悪玉論には与していない(金の亡者みたいな投資銀行の人物も出てくるが)。

主人公のビジネスの場における冷徹さと個人としての心の揺れ動きや、それぞれの立場で企業再生に精魂を傾ける人々、そして彼らによって企業が苦境に立ち至った真の原因が白日の下にさらされる様子が面白い。

出てくる企業の名前や設定から、実在のモデルがあるように思われる(三葉銀行→三和銀行など)。

ラストがTo be continued で終わるのが不気味であり、続編を求めたくなった。

吾輩は猫である(夏目漱石)

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 旧制中学の英文教師(『リードル』という)苦沙弥先生の飼い猫の目を通し、西洋文明に染まった当時の中流階級を皮肉を込めて面白おかしく描く。職業といい病歴といい、苦沙弥先生には漱石自身が投影されている。余裕派の面目躍如。

《Amazon》吾輩は猫である(夏目漱石 新潮文庫)
《楽天》吾輩は猫である(夏目漱石 新潮文庫)

炎熱商人(深田祐介)

  

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今年亡くなった深田祐介直木賞を受賞した出世作。30年程前にNHKでドラマ化。ラストシーンがかすかに記憶に残っている。

高度成長期の日本で木材需要が急増し、中堅商社がフィリピン、ルソン島のラワン材の新規取引に走る。

人格者の支店長、変わり者の次長、ぼんぼんの出向社員、イケメン現地社員たちが、人々に残る戦争の傷、商習慣の違い、世界経済の荒波に翻弄されながらも、徐々にフィリピン社会に根付いて商売を花開かせる様子に感情移入してしまう。

イケメン現地社員は日比混血で占領下のマニラで日本人学校に通っていた設定であり、随所に織り交ぜられる戦時中の回想も読ませる。

そして、最後に・・・。

商社の採用面接で「炎熱商人を読んだことはあるか?」と聞かれたという都市伝説があるが、まんざら伝説でもないのだろう。

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