良寛(立松和平)
江戸時代の禅僧良寛の伝記。
子供の頃に読んだ百科事典の影響で、良寛には子供好きで、一日中子供と手まりをついて遊んでいたいい人というイメージが強かったが、若いころに厳しい修行に打ち込み成就してきた宗教者としての太い背骨を持っており、また書道や詩歌に優れる風流人でもあったという。
上巻では、近所の寺に出家して以来ストイックに修行に邁進する良寛が描かれ、張りつめた緊張感がある。良寛が食事や身だしなみの作法を真似ながら学ぶ場面では、仏教における正しい作法が事細かに描かれている。仏教の教えとは、死後の世界と精神論を説くだけではなく、日々の生活をよりよく生きるための具体的な指針を示すものでもあることを教えられる。
下巻になると雰囲気が変わり、父の死をきっかけに視線が自分から衆生に向いた良寛の温かいエピソードが描かれる。子供と遊ぶ一方で、疫病で次々と子供が亡くなっていく。そして老境を迎え兄弟や友人が次々と苦境に陥ったり亡くなるようになり、次第に無常と寂寥を強く感じさせるようになる。作者の立松和平が執筆中に亡くなったため、良寛の最期が描かれることなく突然終わっていることが、その余韻を一層深めている。
随所に良寛の手になる短歌・俳句・漢詩が散りばめられ、鑑賞するのも一興。
(不勉強を喧伝するようで恥ずかしいが、これまで立松和平はニュースステーションで旅行していた人という認識しかなく、仏教に関する著作を多数著している作家だということも本書で初めて知った。)
ハゲタカ(真山仁)
ハゲタカ→ハゲタカ2→レッドゾーン→グリード と続くハゲタカシリーズの第一幕。
2000年頃の平成不況にあえいでいた日本で、不良債権や経営が傾いた会社を安く買って短期間でボロ儲けする外資系投資銀行は、死肉をむさぼるハゲタカと言われていた。
そのハゲタカファンドの一つを率いる日本人を軸に据え、さまざまな企業の再生に携わる人々を描いている。世論誘導のためマスコミへのリーク合戦も辞さない企業買収ビジネスの熾烈な舞台裏が語られつつも、決して感情的なハゲタカ悪玉論には与していない(金の亡者みたいな投資銀行の人物も出てくるが)。
主人公のビジネスの場における冷徹さと個人としての心の揺れ動きや、それぞれの立場で企業再生に精魂を傾ける人々、そして彼らによって企業が苦境に立ち至った真の原因が白日の下にさらされる様子が面白い。
出てくる企業の名前や設定から、実在のモデルがあるように思われる(三葉銀行→三和銀行など)。
ラストがTo be continued で終わるのが不気味であり、続編を求めたくなった。
吾輩は猫である(夏目漱石)
炎熱商人(深田祐介)
今年亡くなった深田祐介が直木賞を受賞した出世作。30年程前にNHKでドラマ化。ラストシーンがかすかに記憶に残っている。
高度成長期の日本で木材需要が急増し、中堅商社がフィリピン、ルソン島のラワン材の新規取引に走る。
人格者の支店長、変わり者の次長、ぼんぼんの出向社員、イケメン現地社員たちが、人々に残る戦争の傷、商習慣の違い、世界経済の荒波に翻弄されながらも、徐々にフィリピン社会に根付いて商売を花開かせる様子に感情移入してしまう。
イケメン現地社員は日比混血で占領下のマニラで日本人学校に通っていた設定であり、随所に織り交ぜられる戦時中の回想も読ませる。
そして、最後に・・・。
商社の採用面接で「炎熱商人を読んだことはあるか?」と聞かれたという都市伝説があるが、まんざら伝説でもないのだろう。