書評ブログ

日々の読書の記録と書評

プログラミングの心理学 25周年記念版(ワインバーグ)

1970年代のIT業界で、プログラマー心理的な側面とパフォーマンスの関係に焦点を当て、ひいてはあるべきマネジメントの姿を考察した古典。

それから25年たっての(1998年)著者のコメントが章ごとに丁寧に付されている。今でも通用するところが多いと思う。

以下、心に残った(響いた)箇所の備忘。

【目標の設定・達成】
  • メンバーが、下位の仕事を割り当てられたことに対する感情を抑圧すると、チームの努力が予想外に損なわれることがある。エゴレスプログラミングを行うと、個々のプログラマーがシステム全体の中で自分の役割を受け持っていると感じるため、そのような感情は和らげられやすい。
  •  グループの目標についてほんとうの合意に達するには、グループがみずから目標を設定するのが最良の方法である。
    • まず、目標の設定に参加することで、より明確に目標を理解できる。
    • 次に、グループのメンバーが目標に取り組む姿勢をあきらかにする機会がつくれる。いったんそのような姿勢をあきらかにすると、認知的不協和によって、目標を受け入れやすくなることがわかっている。
    • しかし、これらの要因は別にしても、目標の設定に参加すること自体が、個人がチームの目標を心から受け入れる決定要因となり、ひいては生産性の向上につながる。
  • 上層部を喜ばせるには、言われたことをなんでも引き受けるのが一番だと考えるかもしれない。しかし、最終的に上層部が求めるのは約束が守られることであり、それには、チームに約束を目標として受け入れさせることができなければならない。チームリーダーは、次のことを学ぶ必要がある。
    1. どれほど強く「約束」を要求しようと、上層部がほんとうに求めているのは「結果」である。
    2. チームの全員参加で設定した目標を追求した方が、はるかに容易に結果が得られる。
  • 降りる覚悟のあるリーダーだけが、ほんとうに成功する可能性がある。

 

【民主的グループのビルディング】

  • チームに入れるプログラマーを選ぶときは、移り変わる構造の中でうまく適応できる人物(支配的すぎず、受動的すぎず)を選ぶようにするべきである。
  • プログラマーの訓練にあたっては、有能なリーダーに従う方法と、自分がグループ内で最もリーダーに適任であるときに、リーダーシップの機会をつかむ方法を教えるべきである。
  • そして、チームのライフサイクルの間は、部外者はチームの民主的プロセスに介入しないようにするべきである。
  • チームの人選が終わって稼働し始めると、その上に立つマネージャが賢明であれば、チームの内部構造と構造の変化については「無干渉」の方針をとるはずである。

 

【グループ運営とリーダーシップ】 

  • 民主的なグループでは、リーダーシップ、あるいは影響力は、1人だけがもつものではなく、チームのニーズがその人の能力やアイディアに合えば、メンバーからメンバーへとめぐっていくものである。
  • 機能する民主的なグループの重要な要素は、メンバー全員が等しくリーダーシップを発揮することではなく、リーダーシップが外部からの圧力ではなく内部の現実によって決まることである。

 

【トラブル対処】

  • 「民主的」に組織されたチームは、(中略)メンバーを失ったショックにうまく対処できる場合が多い。
  •  逆に、民主的に組織されたチームにとって、新しいメンバーを受け入れるのは難しい場合がある。チームの構造の中に、新しいメンバーが占めるべき明確な位置がないからだ。逆説的なようだが、民主的に組織されたチームは、部外者にとって一見冷淡でよそよそしく感じられ、権威主義的なチームのメンバーは、新人には温かく親しみやすい場合がある。
  • もう1つ危機が生じやすいのは、メンバーの1人が作業分担をこなせないことに、ほかのメンバーが気づき始めたときである。民主的チームの場合、そのメンバーからほかのメンバーへ徐々に仕事が移っていく可能性が最も高い。中央集権型の強力なリーダーが1人いるチームの場合、問題のメンバーを辞めさせる可能性の方が高い。しかし、それで終わりではない。問題が認識される頃には、交代要員を確保して訓練する時間も十分になく、やめさせても何も解決しない場合がある。
  • 民主的グループの場合、能力はあるが仲間とうまくやっていけないメンバーの方が、まったくの能力不足より深刻な問題になることがある。

プログラミングの心理学【25周年記念版】

花紋(山崎豊子)

 楽天ブックス版

 

大阪河内長野の大地主の家に生まれた総領娘が恋に短歌に生きようとするも、あまりに封建的な家に縛られ、陰鬱のうちに過ごした一生を描く。

終戦直前の昭和20年6月、主人公は空襲を逃れ、兄の伝手で河内長野の大地主の御寮人様葛城郁子の家に身を寄せる。郁子は老婢と二人暮らしで、食糧難にもかかわらず豪華な食事に主人公は驚く。

ある日、主人公は納屋から男性と思われる弱々しい声を聞くが、郁子も老婢も空耳だろうの一点張りで、その後主人公が納屋に近づくことを阻止する。しかし、ある日男性が体調を崩し、郁子の指示で主人公は医者のもとに走るが、その甲斐なく男性は死亡する。

そんな不思議な日々も終戦で終わり、1年経ったある日、主人公は老婢から手紙を受け取る。手紙には郁子の死と、郁子の人生について話をさせてほしいという老婢の願いが記されていた。主人公が老婢を訪ねると、老婢は郁子が歌人御室みやじであったことや、郁子の一生を語り始める。

老婢が語る郁子の一生は、家庭内の多くの確執と陰謀に翻弄されたと言える(自身の妥協のない誇り高さが拍車をかけた側面もある)。この閉ざされたピラミッドの中で繰り広げられるドロドロ劇が読みどころで、「白い巨塔」や「華麗なる一族」にも通じる山崎豊子の真骨頂である。

大地の子(山崎豊子)

 楽天ブックスこちら

終戦時に中国に取り残された孤児と日本に帰還した父親の数奇な運命を、壮大なスケールで描いた感動作。

ソ連満州国国境に近い日本人開拓村にいた松本勝男は、1945年8月9日のソ連侵攻で両親と生き別れ、一緒に逃げた妹あつ子ともやがて引き離されてしまう。

実直な養父母に引き取られた勝男は中国人陸一心として育てられ、大学を出て北京鋼鉄公司の技術者として働き出す。しかし、学校では小日本鬼子といじめられ、文化大革命勃発後は日本人であることを理由に職場でも理不尽な弾圧を受け、挙句の果てに収容所に送られる。

実父耕次は引揚後東洋製鉄に勤め、仕事のかたわら生き別れとなった子供の消息を尋ねていた。昭和50年代になって上海の巨大製鉄所建設プロジェクトが始まり、耕次も東洋製鉄から派遣される。

この後の耕次・勝男(一心)・あつ子の運命は読んでのお楽しみ(だが、見当はつくだろう)。

山崎豊子の日中両国の取材の成果が凝縮されている。

昭和恐慌に端を発する事実上の棄民政策がもたらした悲劇の実相は胸に迫るものがある。また、中国に取り残された孤児の運命の多様さも教えられる。テレビで見る中国残留日本人孤児で訪日する人ばかりではない。養父母に虐待されそのまま亡くなった人、自分が日本人であることを知らない人、自ら中国人として生きる道を選んだ人もいる。帰還できたことが幸福とは限らず、2世・3世が怒羅権を結成し、日本が中国国内のマフィアの代理戦争の舞台と化していることは、本作では述べられていないものの周知の事実*1

また、上海製鉄所建設を巡る中国の苛烈な政争と腐敗、文化大革命で散々行われた吊るし上げ、収容所の実態など、中国現代史の闇も興味深い。

*1:マフィア化については警視庁公安部青山望 報復連鎖に詳しい

警視庁公安部・青山望 報復連鎖(濱嘉之)

 楽天ブックスこちら

警視庁の各セクションに散らばる同期同教場4人組が裏社会と対決するシリーズ第3作。

青山始め4人の同期カルテットは揃って警視に昇任し、所轄の課長として活躍していた。そんな中、青森県の大間から築地市場に送られたマグロの箱から男性の遺体が発見される。遺体は腹を真っ二つに裂かれ、内臓を取り出されていた。むごたらしく犯行を誇示するような手口。復讐か、大陸系マフィアか。動機や犯人像を絞り込めない警視庁は青森県警に公安捜査官を派遣する。そして、被害者の所持品から大間原発六ヶ所村再処理施設建設にまつわる利害関係を記したメモが見つかり大騒ぎになる。ここから、同期カルテットの部署を超えた情報収集、捜査協力が始まる。

今回も、裏社会のアクター政治家・暴力団・中国は健在だが、そこに半グレ集団の東京狂騒会と龍華会*1が加わる。

半グレ集団の成立、血で血を洗う激しい抗争から合従連衡に動くダイナミックな歴史は圧巻。現実でも警察は半グレ集団の実態把握に後手を踏んでいるが、その意外な理由は必見。また、今回も実在の政治家をモデルにした人物を登場させているが、一人は明らかに加藤紘一であろう*2

取調べシーンは今回も健在で、覚せい剤所持の現行犯で逮捕した世間知らずの国会議員をいたぶり自供に追い込むシーンも見逃せない。

今回も最初の殺人事件をきっかけに裏社会の悪事をいくつも解明し、一斉検挙するのだが、その後の公安部長の台詞がふるっている。

確かの三件の帳場が開いて、それぞれの戒名がついたが、どのマスコミもこれが一つの事件と報道していないんだよな。

それは警視庁が別の事件であるかのように広報しているからだろうと突っ込みたくなるが、現実でもこういうことは起きているのではないか、特に「外国人マフィアの抗争と思われる」などと報道された瞬間に違う世界の出来事であるかのように錯覚し、関心を失っていることはないか、考えさせられる台詞である。

*1:言うまでもなく関東連合と怒羅権がモデル

*2:実際は息子ではなく娘に跡を継がせたなど、ディテールに違いはあるが

花のれん(山崎豊子)

(楽天)花のれん (Amazon)花のれん

大正から昭和初期に、お笑いのプロモーターとして一世を風靡した女性の強烈な生涯を描く。吉本興業がモデルとも。

日露戦争直後、大阪の呉服屋のぼんぼんに嫁ぐ多加。しかし夫は甲斐性なしで、毎日落語見物に出かけては、落語家と芸者遊びに興じる日々。家計は多加が支えていた。夫が信用取引で大損を出した日、多加は夫と話し合い、夫が好きな落語の寄席の経営に乗り出す。

夫は初めのうちこそ遊び仲間の伝手で落語家のスケジュール確保に大いに貢献したのだが、外に愛人を作り、酒好きもたたり38歳の若さで愛人宅で腹上死を遂げる。絵に描いたような遊び人の末路である。

そこから番頭のガマ口*1と二人三脚で、ひたすら事業拡大に走り、しまいには通天閣まで買収するのだが、戦争に向かう世相の影が次第に忍び寄る。

事業一筋で遮二無二生き、時には札束で横面をはたきながら大阪のシンボル通天閣まで買収した多加の姿に、戦後焼け野原から復興し、バブル期にロックフェラーセンターまで買収した日本経済を彷彿とさせる。もちろん、本作の初出は1958年、高度経済成長の前であり、そのような意図はもとよりないのだが。
また、安来節ブーム・関東大震災・ラジオの登場・桂春団治エンタツアチャコの登場と、上方演芸裏面史としても面白い。

*1:口が大きいので「ガマ口」。最後まで本名が明かされず「ガマ口」で通っている。

警視庁公安部・青山望 政界汚染(濱嘉之)

 Amazonこちら

警視庁公安部の青山望たち警察学校の同期カルテットが、政財界・暴力団・外国の闇に斬り込むシリーズ第2作。

都内に複数の病院・介護施設を擁する有数の医療法人の理事長が、日本公正党の重鎮で厚生族の大澤純一郎*1の引きで参院選比例区に出馬するところから事件が始まる。
市議に裏金をばら撒き、怪しげな選挙コンサルタントに大枚をはたいたものの惜しくも次点。政治活動から足を洗って病院経営に戻ろうとした矢先、当選した議員がひき逃げで死亡して繰上当選。同時に裏金を渡した議員もひき逃げで死亡し、選挙参謀だった事務長が消えた…。

今回も、病院経営に乗り出し数々の悪事を企み、産廃業者に乗り出し犯罪の証拠隠滅に利用する暴力団、スパイ機能を仕込んだルーターを日本で売りさばき、同じ手口で防衛機器を外国に売る中国、それを操る政治家の素顔、それぞれを追う4人の捜査が一点に収斂する。その様は青山の以下のセリフに凝縮されている。

日本社会の裏構造というかな、そこにメスを入れようとすると、政財界の暗い部分がどうしても照らし出されてしまう。

犯人を匿う病院に向かう刑事に東京警察病院の医師が同行し、病院の医師と面接して犯人を警察病院に転院させるシーン*2など、小ネタも興味深い。

*1:小沢一郎小泉純一郎を足して2で割ったようなキャラクターだろう。

*2:東京警察病院は、一般患者の外来・入院・手術・救急搬送を受け入れる普通の病院で、東大を卒業した医師が比較的多い。他の病院と大きく違うのは、捜査協力という特別なミッションを持っていることである。1995年に警視庁がオウム真理教上九一色村の施設に強制捜査に入った際、ここの医師が同行している。また、覚せい剤で逮捕された清原和博も逮捕直後ここに収容されている。

重力とは何か アインシュタインから超弦理論へ(大栗博司)

 楽天ブックスこちら

 第一線の物理学者が、今日の物理学の最重要テーマ『重力』について、最先端の話題を巧みな比喩を織り交ぜながらわかりやすくかつ正確に解説してくれる。

重力の研究はニュートンがリンゴを見て重力のアイディアをひらめき、惑星の公転運動を説明してみせたことに始まるが、アインシュタイン相対性理論によって重力の本質が解き明かされ、ブラックホールの存在が予言されることが語られる。さらに、量子力学の不思議な世界の数々が語られる。ここまでが準備。

後半では、素粒子を点ではなく振動する弦や膜だととらえる超弦理論と、ホーキングに端を発する現代のブラックホールの研究が融合し、重力ホログラフィー原理が語られる。

全体に、正確、丁寧、わかりやすい説明が貫かれ、17世紀のニュートンから21世紀のホーキングに至るの物理学の発展が良く分かる。また、物理学史の偉人の線画が随所にあり、これが微妙に面白い。

カシオペアの丘で(重松清)

 Amazon(上巻 下巻) 楽天(上巻 下巻)

親子3人で平凡な暮らしをしていたサラリーマンが突然末期がんを宣告されたことをきっかけに、疎遠になっていた故郷、幼なじみのもとに戻り、かつて反発した祖父と対峙しながら人生の最後の日々を送る様を描く。

父と子の相克や、疎遠になった故郷や級友との向き合いは、この作者が繰り返し取り上げるテーマ。今回も、過去のもつれた糸がほどけたりそのまますれ違ったり。しかし、主人公なりに死への準備として心の中で決着をつけてゆく。

視点が変わるが、最初自覚症状のない末期がん患者がある日急変し、以後坂道を転げ落ちるように衰弱する描写が残酷なほど鮮明である。そして、死の床にあってもなお性欲は残るものの、力なく乳房に触れることしかできない姿に哀しさを誘われる。

《Amazon》カシオペアの丘で 上 (重松清 講談社文庫) カシオペアの丘で 下 (重松清 講談社文庫)
《楽天》カシオペアの丘で 上 (重松清 講談社文庫) カシオペアの丘で 下 (重松清 講談社文庫)

流星ワゴン(重松清)

Amazon 楽天

ゲームにはまって1か月サボっていました。

今回はドラマでやっている小説を読んだ。ミーハーなもので。

妻の浮気(というよりセックス依存症)と離婚問題、息子の不登校家庭内暴力、自分はリストラ、金を持ってる父親とは不和と、日本家庭の不幸を一人で背負い込んだような男が、ある晩死を意識する。その瞬間、事故死した親子の霊が運転するワゴンに誘われ、「一番大切な場所」と称して1年前にタイムトラベルするところから物語が始まる。

タイムトラベルしたからといって簡単に未来を変えられるわけではないが、心が離れた(と勝手に思っていた)家族の本当の気持ちを次第に理解し、生きる力を取り戻してゆく。

そして、霊の親子も好き好んで成仏もせずにワゴンを運転しているわけではなく、霊なりの事情があった。この辺は完全に「あなたの知らない世界」である。

少し閉口したのは、夫婦生活の描写がやたらねちっこいこと。テレクラ狂いを知りながら妻を抱く夫の、嫉妬と屈折が入り混じった半ば倒錯的な欲情がよく表現されていると思う。が、通勤電車では読まないほうがいい。

原作とドラマの違い探しも楽しみ(夫婦生活のシーンも含め、笑。日曜9時ではオールカットを余儀なくされるかもしれないが)。

[Amazon]流星ワゴン(講談社 重松清)
[楽天]流星ワゴン(講談社 重松清)

採用基準 地頭より論理的思考力より大切なもの(伊賀泰代)

 Amazon 楽天

タイトルとは裏腹に、リーダーシップとは何か、今の日本の企業や社会に必要なリーダーとは何か、どうしたらリーダーになれるかを説いている。

著者は永年マッキンゼー日本法人で採用を担当してきた。コンサルティング会社というと、地頭が良い人を採用したいので面接で難しい質問を投げるという定説があるが、それは目的を誤解しているという。簡単に言うと、考えることが好きか、それから思考体力があるか(考えることはとても体力を使うのでとことん考えることに体がついていけるか)を見ることが目的だそうである。 

採用面接の話はほんの入口で、マッキンゼーにおける問題解決の仕事のあり方を通して、高い成果を生み出すために必要なことはリーダーシップ、それもチームの全員がリーダーシップを持つことであると説き、リーダーに必要な行動として「目標を掲げる」「先頭を走る」「決める」「伝える」を挙げる。
そして、日本では、企業にせよ、社会にせよ、普通の人が日常的に発揮する「リーダーシップの総量」が不足しているという。注意したいのは、少数のカリスマが不足していると言っているのではないことである。ただ、日本人はリーダーシップ教育を受けていないだけであり、OJTやOFF JTにより急速に力を伸ばすという。また、共助社会を実現して公的負担を軽減するために、地域コミュニティの中で普通の人がリーダーシップを発揮することが必要になると説く視点は新鮮である。 

企業にせよ社会にせよ、これからは一人一人がそれぞれの立場でリーダーシップを発揮することが必要になるとの主張には賛同である。主体性を持った個人たちが効果的に協業・協力すべきと読み取ったが、これは薄っぺらい自己責任論とは一線を画するものである。このブログで取り上げている山本一力の作品からは、江戸の下町の人々が、人情を動機としてそれぞれの立場で問題解決リーダーシップを発揮し、共助の社会を実現していたことが見て取れる。「天地明察」における渋川春海も、(そのような描写は薄めだが)やはりリーダーシップを発揮して改暦を実現した。実は、日本にも草の根のリーダーシップの実例が数多く遺され、記録されていると考える。

なお、 NPOがリーダーシップ養成機関として極めて優れているとの主張は概ね正しいと思うが、これは代表者に明確な意志とリーダーシップがある「良い」NPOであることが前提で、現実のNPOは玉石混淆(荒川マラソンを見よ)であることは指摘しておきたい。

最後に、ダイヤモンド社がこのタイトルで出版したことは意味深長である。子供の就職活動を心配する親の世代に手に取らせ、実はその親の世代にメッセージを送ろうとしているというのは、あまりにもうがった見方だろうか。

《Amazon》採用基準 地頭より論理的思考力より大切なもの(伊賀泰代 ダイヤモンド社)
《楽天》採用基準 地頭より論理的思考力より大切なもの(伊賀泰代 ダイヤモンド社)

暗闇商人(深田祐介)

 Amazon(上巻 下巻

ロンドンの語学学校を舞台に起きた北朝鮮による日本人拉致をモチーフに、水面下に広がるテロ組織のネットワークとその犯罪を赤裸々に描く。

夫の早逝によりシングルマザーとなった佐久間浩美は、夫の伯父佐久間健一の計らいで息子を連れてロンドンに語学留学する。同じ学校に日本の商社から派遣された安原と恋仲になるが、そこには日本赤衛軍のメンバー水田も身分を隠して潜入していた。水田は、日頃から接点のある北朝鮮工作員から浩美の北朝鮮への拉致に協力するよう指示される。
浩美は罠に嵌められてピョンヤン行きの飛行機に乗せられ、北朝鮮に拉致されてしまう。
ここから、浩美、安原、そして賢一たちの、奪還に向けた戦いが始まる。

奪還劇の紆余曲折、浩美と安原の恋の行方、次第に明らかになる浩美が拉致された本当の理由(これが呆れるほど理不尽な理由である)…、時間があったら一気に読んでしまう。読みかけにすると気になる。また、拉致や身代金誘拐に巻き込まれる危険が案外身近にあることに気づかされ、背筋が寒くなる。
もう一つ特徴的なのは、北朝鮮工作員が話す日本語のなまりが忠実に再現されていることである。濁音が半濁音や清音になる、「し」が「ち」になる等。従って「ビジネス」は「ピチネス」になる。一見ユーモラスなようでいて、実は著者のメッセージかもしれない。

本作では、北朝鮮日本赤軍・フィリピンのゲリラ勢力などが水面下で連携し、拉致・武器売買・身代金誘拐・航空機爆破…と、数々のテロ行為を働く構図が示されている*1。今では、北朝鮮とイランの間でのミサイル取引も明らかになり、北朝鮮がテロ組織のハブとなっていることは誰でも知っている。しかし、本作が最初に出たのは1990年代前半である。大韓航空機爆破事件の直後だが、北朝鮮朝鮮総連極左勢力の日本社会への隠然たる影響力は現在より強く、当時「暗闇」の圧力があったとしても不思議ではない。よく出版できたものだと思う。

※文庫本は入手しにくい模様。電子書籍がお薦め。

《Amazon》暗闇商人〈上〉(深田祐介 文春文庫) 暗闇商人〈下〉 (深田祐介 文春文庫)
《楽天ブックス》暗闇商人(上)(深田祐介 文春文庫) 暗闇商人(下)(深田祐介 文春文庫)

*1:日本赤衛軍とそのメンバーのモデルは日本赤軍であろう。ロンドンを舞台に北朝鮮が日本人を拉致した事案も実在する。フィリピンで商社の支店長がゲリラに誘拐されたことも実話である。一方で、北朝鮮による拉致で発生直後に奪還に成功した事例はないし、拉致被害者がはるばるフィリピンで日本人誘拐に加担させられたという話もない(公にされていないだけかもしれないが)。取材事実とフィクションが巧みに織り交ぜられており、その境界の判断が難しい。

たすけ鍼(山本一力)

Amazon 楽天

江戸深川の鍼灸の名人染谷が、その腕で貧富貴賤の分け隔てなく病や怪我に悩む人々を救い、救われた人々が染谷に影響され社会に対し教育に救恤にと善行をなしてゆく人情物語。

あかね空のような泣かせる(泣かせを意識した)ストーリーを熱いと表現するならば、本作は遠赤外線ヒーターのようにジワっとした温かさといえる。染谷はすでに還暦を迎え名人の技量と声望を確立しているため、周囲との接し方や影響の仕方に角の立たない老練さ、余裕があるためだろう。

体裁は1~2章程度の長さの独立したエピソードが集められた形で、どの順番で読んでもあまり違和感を感じないのではないか。反面、全体を通して眺めると、醤油屋の内紛の顛末が描かれていないなど完結していない箇所もあるので、もやもや感が残るかもしれない。

なお、鍼や灸の効果がドラマチックに描かれているが、フィクションだと思って医学的なところはあまり突っ込まずに読もう。

《Amazon》たすけ鍼(山本一力 朝日文庫)
《楽天》たすけ鍼(山本一力 朝日文庫)

警視庁公安部・青山望 完全黙秘(濱嘉之)

 Amazon 楽天

警視庁公安部のホープその名も青山望が、異なる部署で活躍する同期の絆を武器に、日本の裏社会と対峙するシリーズ第一弾。

財務大臣梅沢富士雄が、地元福岡にあるホテルのバンケットホールのこけら落としパーティーで刺殺された。犯人は逃げる素振りも見せずその場で逮捕。しかし、現職の大臣が厳重な警備体制の真ん中で暗殺される事態に、警備に当たった福岡県警と警視庁SPの面目は丸つぶれとなった。
しかも犯人は取り調べに完全黙秘。指紋も写真も警察のデータにヒットせず、氏名不詳のまま起訴された。

警察庁長官はこれを警察の威信を揺るがす事態と考え、警視庁刑事部と公安部に捜査を指示、公安部公安総務課の青山警部に背後関係の捜査が下命された。青山は、事件指導班の古参から警視庁管内の公務執行妨害事件で完全黙秘を貫いた男のことを聞き、その追跡記録に当時解明できなかった裏社会の闇を見出す。

ここから、公安・組織犯罪対策・刑事に散らばる同期4人のカルテットが情報交換しつつ、日本の裏社会が蠢く事件の背景に迫っていく。しかし、同期カルテットはあくまで警視庁の、各部の一員として動く。上司に適切に報告するし信頼も篤い。組織を壊すようなスタンドプレーもしない。そのような組織捜査によって裏社会のつながりと犯罪事実が次々と暴かれるプロセスがリアルで非常に面白い。また、強制捜査後の取調シーンも見物。じっくり味わいたい(朗読するのもよいw)。

同じ著者のシリーズに「警視庁情報官」がある。どちらも警察捜査の実態をリアルに描写し、事件の背景に実話と思しきエピソードをモデルがわかるように潜らせている*1。警視庁情報官シリーズは主人公の黒田が特に目立ちそのプライベートもストーリーの重要な一部をなすが、本シリーズは同期4人の事件捜査ぶりを柱に据え、警察組織や人事、組織間の微妙な関係を絡めてストーリーが動く。警視庁情報官シリーズとは違う角度から警察を眺める面白さを味わえる。

《Amazon》警視庁公安部・青山望 完全黙秘(濱嘉之 文春文庫)
《楽天》警視庁公安部・青山望 完全黙秘(濱嘉之 文春文庫)

*1:今回は、菅政権や細川護煕が登場していると思われる

スタンフォード教授の心が軽くなる先延ばし思考(ジョン=ベリー)

 Amazon 楽天

このブログで小説以外の本を初めて取り上げる。

哲学者でスタンフォード大学教授 の著者が、自らの「先延ばし癖」を分析・考察し、先延ばし癖の効用や付き合い方をゆるく説く。「自己啓発」のタグをつけたが著者の経験に基づくエッセイに近く、1~2時間でさらっと読める。

まず、先延ばしといっても何もせずに怠けているわけではなく、自分に合った優先順位で物事を片付けているんだからいいじゃないか、オレだってそうだけど世間では働き者って言われてるぜと説く。実はこの第1章は2011年のイグ・ノーベル文学賞を受賞している。

ただし、先延ばしを賞賛しているわけではなく、先延ばしを防ぐ著者なりの方法論をゆるく披露している。完璧主義によって仕事に着手できない事態を防ぐ方法、大きな仕事を細かく分解してToDoリストに載せ、少しずつ消し込みながら達成感を味わう方法、音楽の力を借りてテンションを上げる方法など。いかにも『効率的な仕事術』の類の本にありそうだが、こういう方法が役に立つときは確かにある。

その後、先延ばし癖のメリットに触れており、思い当たる読者にとっては若干の癒しになるだろう。

著者は哲学者だけあって、所々で披露される先延ばしに対する考察は鋭く、頷かされるものがある。例えば、先延ばしの原因は完璧主義、それも依頼を完璧にこなす自分の姿を妄想することだという。現実は妄想のように簡単に完璧を期すことはできないから、そこで妄想が挫折して先延ばしが始まるという。また、先延ばし屋には落ち込みやすい性格に悩む人が多く、先延ばしと落ち込みは互いに助長しあうという。
このような考察に触れ、先延ばし屋とうつ病になりやすい性格の類似に気づかされた。

そういえば、「クリティカルチェーン」でも先延ばし癖を取り上げており、先延ばし癖を「学生症候群」と呼び管理者の目線で解消方法を論じていたように思う。本書は自分目線で先延ばし癖とつきあう方法を説いており、アプローチは違うというより正反対だが。

《Amazon》スタンフォード教授の心が軽くなる先延ばし思考(ジョン=ベリー 東洋経済新報社)
《楽天》スタンフォード教授の心が軽くなる先延ばし思考(ジョン=ベリー 東洋経済新報社)

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ サイトランク