書評ブログ

日々の読書の記録と書評

採用基準 地頭より論理的思考力より大切なもの(伊賀泰代)

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タイトルとは裏腹に、リーダーシップとは何か、今の日本の企業や社会に必要なリーダーとは何か、どうしたらリーダーになれるかを説いている。

著者は永年マッキンゼー日本法人で採用を担当してきた。コンサルティング会社というと、地頭が良い人を採用したいので面接で難しい質問を投げるという定説があるが、それは目的を誤解しているという。簡単に言うと、考えることが好きか、それから思考体力があるか(考えることはとても体力を使うのでとことん考えることに体がついていけるか)を見ることが目的だそうである。 

採用面接の話はほんの入口で、マッキンゼーにおける問題解決の仕事のあり方を通して、高い成果を生み出すために必要なことはリーダーシップ、それもチームの全員がリーダーシップを持つことであると説き、リーダーに必要な行動として「目標を掲げる」「先頭を走る」「決める」「伝える」を挙げる。
そして、日本では、企業にせよ、社会にせよ、普通の人が日常的に発揮する「リーダーシップの総量」が不足しているという。注意したいのは、少数のカリスマが不足していると言っているのではないことである。ただ、日本人はリーダーシップ教育を受けていないだけであり、OJTやOFF JTにより急速に力を伸ばすという。また、共助社会を実現して公的負担を軽減するために、地域コミュニティの中で普通の人がリーダーシップを発揮することが必要になると説く視点は新鮮である。 

企業にせよ社会にせよ、これからは一人一人がそれぞれの立場でリーダーシップを発揮することが必要になるとの主張には賛同である。主体性を持った個人たちが効果的に協業・協力すべきと読み取ったが、これは薄っぺらい自己責任論とは一線を画するものである。このブログで取り上げている山本一力の作品からは、江戸の下町の人々が、人情を動機としてそれぞれの立場で問題解決リーダーシップを発揮し、共助の社会を実現していたことが見て取れる。「天地明察」における渋川春海も、(そのような描写は薄めだが)やはりリーダーシップを発揮して改暦を実現した。実は、日本にも草の根のリーダーシップの実例が数多く遺され、記録されていると考える。

なお、 NPOがリーダーシップ養成機関として極めて優れているとの主張は概ね正しいと思うが、これは代表者に明確な意志とリーダーシップがある「良い」NPOであることが前提で、現実のNPOは玉石混淆(荒川マラソンを見よ)であることは指摘しておきたい。

最後に、ダイヤモンド社がこのタイトルで出版したことは意味深長である。子供の就職活動を心配する親の世代に手に取らせ、実はその親の世代にメッセージを送ろうとしているというのは、あまりにもうがった見方だろうか。

《Amazon》採用基準 地頭より論理的思考力より大切なもの(伊賀泰代 ダイヤモンド社)
《楽天》採用基準 地頭より論理的思考力より大切なもの(伊賀泰代 ダイヤモンド社)

暗闇商人(深田祐介)

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ロンドンの語学学校を舞台に起きた北朝鮮による日本人拉致をモチーフに、水面下に広がるテロ組織のネットワークとその犯罪を赤裸々に描く。

夫の早逝によりシングルマザーとなった佐久間浩美は、夫の伯父佐久間健一の計らいで息子を連れてロンドンに語学留学する。同じ学校に日本の商社から派遣された安原と恋仲になるが、そこには日本赤衛軍のメンバー水田も身分を隠して潜入していた。水田は、日頃から接点のある北朝鮮工作員から浩美の北朝鮮への拉致に協力するよう指示される。
浩美は罠に嵌められてピョンヤン行きの飛行機に乗せられ、北朝鮮に拉致されてしまう。
ここから、浩美、安原、そして賢一たちの、奪還に向けた戦いが始まる。

奪還劇の紆余曲折、浩美と安原の恋の行方、次第に明らかになる浩美が拉致された本当の理由(これが呆れるほど理不尽な理由である)…、時間があったら一気に読んでしまう。読みかけにすると気になる。また、拉致や身代金誘拐に巻き込まれる危険が案外身近にあることに気づかされ、背筋が寒くなる。
もう一つ特徴的なのは、北朝鮮工作員が話す日本語のなまりが忠実に再現されていることである。濁音が半濁音や清音になる、「し」が「ち」になる等。従って「ビジネス」は「ピチネス」になる。一見ユーモラスなようでいて、実は著者のメッセージかもしれない。

本作では、北朝鮮日本赤軍・フィリピンのゲリラ勢力などが水面下で連携し、拉致・武器売買・身代金誘拐・航空機爆破…と、数々のテロ行為を働く構図が示されている*1。今では、北朝鮮とイランの間でのミサイル取引も明らかになり、北朝鮮がテロ組織のハブとなっていることは誰でも知っている。しかし、本作が最初に出たのは1990年代前半である。大韓航空機爆破事件の直後だが、北朝鮮朝鮮総連極左勢力の日本社会への隠然たる影響力は現在より強く、当時「暗闇」の圧力があったとしても不思議ではない。よく出版できたものだと思う。

※文庫本は入手しにくい模様。電子書籍がお薦め。

《Amazon》暗闇商人〈上〉(深田祐介 文春文庫) 暗闇商人〈下〉 (深田祐介 文春文庫)
《楽天ブックス》暗闇商人(上)(深田祐介 文春文庫) 暗闇商人(下)(深田祐介 文春文庫)

*1:日本赤衛軍とそのメンバーのモデルは日本赤軍であろう。ロンドンを舞台に北朝鮮が日本人を拉致した事案も実在する。フィリピンで商社の支店長がゲリラに誘拐されたことも実話である。一方で、北朝鮮による拉致で発生直後に奪還に成功した事例はないし、拉致被害者がはるばるフィリピンで日本人誘拐に加担させられたという話もない(公にされていないだけかもしれないが)。取材事実とフィクションが巧みに織り交ぜられており、その境界の判断が難しい。

たすけ鍼(山本一力)

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江戸深川の鍼灸の名人染谷が、その腕で貧富貴賤の分け隔てなく病や怪我に悩む人々を救い、救われた人々が染谷に影響され社会に対し教育に救恤にと善行をなしてゆく人情物語。

あかね空のような泣かせる(泣かせを意識した)ストーリーを熱いと表現するならば、本作は遠赤外線ヒーターのようにジワっとした温かさといえる。染谷はすでに還暦を迎え名人の技量と声望を確立しているため、周囲との接し方や影響の仕方に角の立たない老練さ、余裕があるためだろう。

体裁は1~2章程度の長さの独立したエピソードが集められた形で、どの順番で読んでもあまり違和感を感じないのではないか。反面、全体を通して眺めると、醤油屋の内紛の顛末が描かれていないなど完結していない箇所もあるので、もやもや感が残るかもしれない。

なお、鍼や灸の効果がドラマチックに描かれているが、フィクションだと思って医学的なところはあまり突っ込まずに読もう。

《Amazon》たすけ鍼(山本一力 朝日文庫)
《楽天》たすけ鍼(山本一力 朝日文庫)

警視庁公安部・青山望 完全黙秘(濱嘉之)

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警視庁公安部のホープその名も青山望が、異なる部署で活躍する同期の絆を武器に、日本の裏社会と対峙するシリーズ第一弾。

財務大臣梅沢富士雄が、地元福岡にあるホテルのバンケットホールのこけら落としパーティーで刺殺された。犯人は逃げる素振りも見せずその場で逮捕。しかし、現職の大臣が厳重な警備体制の真ん中で暗殺される事態に、警備に当たった福岡県警と警視庁SPの面目は丸つぶれとなった。
しかも犯人は取り調べに完全黙秘。指紋も写真も警察のデータにヒットせず、氏名不詳のまま起訴された。

警察庁長官はこれを警察の威信を揺るがす事態と考え、警視庁刑事部と公安部に捜査を指示、公安部公安総務課の青山警部に背後関係の捜査が下命された。青山は、事件指導班の古参から警視庁管内の公務執行妨害事件で完全黙秘を貫いた男のことを聞き、その追跡記録に当時解明できなかった裏社会の闇を見出す。

ここから、公安・組織犯罪対策・刑事に散らばる同期4人のカルテットが情報交換しつつ、日本の裏社会が蠢く事件の背景に迫っていく。しかし、同期カルテットはあくまで警視庁の、各部の一員として動く。上司に適切に報告するし信頼も篤い。組織を壊すようなスタンドプレーもしない。そのような組織捜査によって裏社会のつながりと犯罪事実が次々と暴かれるプロセスがリアルで非常に面白い。また、強制捜査後の取調シーンも見物。じっくり味わいたい(朗読するのもよいw)。

同じ著者のシリーズに「警視庁情報官」がある。どちらも警察捜査の実態をリアルに描写し、事件の背景に実話と思しきエピソードをモデルがわかるように潜らせている*1。警視庁情報官シリーズは主人公の黒田が特に目立ちそのプライベートもストーリーの重要な一部をなすが、本シリーズは同期4人の事件捜査ぶりを柱に据え、警察組織や人事、組織間の微妙な関係を絡めてストーリーが動く。警視庁情報官シリーズとは違う角度から警察を眺める面白さを味わえる。

《Amazon》警視庁公安部・青山望 完全黙秘(濱嘉之 文春文庫)
《楽天》警視庁公安部・青山望 完全黙秘(濱嘉之 文春文庫)

*1:今回は、菅政権や細川護煕が登場していると思われる

スタンフォード教授の心が軽くなる先延ばし思考(ジョン=ベリー)

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このブログで小説以外の本を初めて取り上げる。

哲学者でスタンフォード大学教授 の著者が、自らの「先延ばし癖」を分析・考察し、先延ばし癖の効用や付き合い方をゆるく説く。「自己啓発」のタグをつけたが著者の経験に基づくエッセイに近く、1~2時間でさらっと読める。

まず、先延ばしといっても何もせずに怠けているわけではなく、自分に合った優先順位で物事を片付けているんだからいいじゃないか、オレだってそうだけど世間では働き者って言われてるぜと説く。実はこの第1章は2011年のイグ・ノーベル文学賞を受賞している。

ただし、先延ばしを賞賛しているわけではなく、先延ばしを防ぐ著者なりの方法論をゆるく披露している。完璧主義によって仕事に着手できない事態を防ぐ方法、大きな仕事を細かく分解してToDoリストに載せ、少しずつ消し込みながら達成感を味わう方法、音楽の力を借りてテンションを上げる方法など。いかにも『効率的な仕事術』の類の本にありそうだが、こういう方法が役に立つときは確かにある。

その後、先延ばし癖のメリットに触れており、思い当たる読者にとっては若干の癒しになるだろう。

著者は哲学者だけあって、所々で披露される先延ばしに対する考察は鋭く、頷かされるものがある。例えば、先延ばしの原因は完璧主義、それも依頼を完璧にこなす自分の姿を妄想することだという。現実は妄想のように簡単に完璧を期すことはできないから、そこで妄想が挫折して先延ばしが始まるという。また、先延ばし屋には落ち込みやすい性格に悩む人が多く、先延ばしと落ち込みは互いに助長しあうという。
このような考察に触れ、先延ばし屋とうつ病になりやすい性格の類似に気づかされた。

そういえば、「クリティカルチェーン」でも先延ばし癖を取り上げており、先延ばし癖を「学生症候群」と呼び管理者の目線で解消方法を論じていたように思う。本書は自分目線で先延ばし癖とつきあう方法を説いており、アプローチは違うというより正反対だが。

《Amazon》スタンフォード教授の心が軽くなる先延ばし思考(ジョン=ベリー 東洋経済新報社)
《楽天》スタンフォード教授の心が軽くなる先延ばし思考(ジョン=ベリー 東洋経済新報社)

レッドゾーン(真山仁)

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ハゲタカシリーズの第3弾。今回は、同族経営の自動車会社アカマ自動車*1を舞台に、日中のハゲタカが激突する。

今回は、サムライ・キャピタルを率いる鷲津が、買収を巡って争った訴訟に敗訴する場面から始まる。日本の言論をリードしてきた雑誌社で起きた親族間の路線対立。従姉妹に編集長を解任されたジャーナリスト堂本の依頼で、鷲津は雑誌社の買い戻しを画策する。しかし、その矢先に堂本が脳梗塞に倒れる。また、相手は記者会見でハゲタカに会社を奪われると訴え、同時に買収防衛策を発動。鷲津は防衛策の無効を訴えたが、敗訴。鷲津は、またも日本の見えざる壁にぶつかったのだった。

ちょうどその頃、山口県の名門アカマ自動車は「中国のホリエモン」こと賀一華から株式購入の通告を受け、揺れていた。社長の古屋は、政治工作と並行して鷲津をアドバイザーにして買収阻止を図る。そんな鷲津に謎の中国人がかつての部下アランの事故死の真相を知っている言って接近する。ここから、アカマの経営陣、中国共産党の要人、そして香港の大富豪が入り乱れての国際的な買収合戦が幕を開ける。

その頃芝野は、銀行員としてのスタートの頃に関わった大阪の中小企業マジテックに転職し、金策や後継問題に直面しながら、少しづつ再建を軌道に乗せていく。

前作に比べ、企業の内紛、買収への政治の関与、そして買収劇の結末のどれもが非常に(鷲津自身が辟易するほど)ドラマチックで、20年前に流行したジェットコースタードラマを思い出す。しかし、一中小企業の再生に汗を流す芝野や、中国の市井の人々の純朴さの描写が箸休めとなり、かつストーリーに現実味を与えていた。

物足りなかったとすれば、毎回、ハゲタカ代表の鷲津と日本の銀行マン代表の芝野の間に起こる対立、邂逅、そして協力が見せ場の一つなのだが、今回は鷲津の世界と芝野の世界がかけ離れ、それがほんの一瞬で終わってしまったことだろうか。

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《楽天ブックス》レッドゾーン(上) (真山仁 講談社文庫) レッドゾーン(下) (真山仁 講談社文庫)

*1:アカマ自動車ののモデルがわからなかった。もっとも今回はモデルは全くないのかもしれない。

ハゲタカ2(真山仁/原題 バイアウト)

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「日本を買収する」と豪語する鷲津政彦が日本の巨大企業の買収合戦に挑むハゲタカシリーズの第2作。今回も、日本に実在した巨大企業のM&A案件がモチーフとなっている。

上巻では、経営不振に喘ぐ名門企業鈴紡*1の再建を巡り、ライバル企業の月華*2が化粧品事業の買収を目論む。鈴紡内部が分裂し、そこにメインバンクのUTB銀行*3や鷲津たちが背後に加わり買収合戦が始まる。

下巻では、不振の家電メーカー曙電気*4を巡り、「コピー屋」からのステイタスアップをも目論んでアメリカの軍需産業と組み買収に動くシャイン*5が、曙電気に転じ自主再建を果たそうとする芝野と激突する。そこで鷲津がどう動くか、そしてその根底にある思いを見ておきたい。一方で、物語が投資銀行の範疇を超えて広がり、ウソっぽさが出てきてしまうのだが。

本作の縦糸は巨大M&Aビジネスの熾烈な現場と鷲津や芝野たちの勝負だが、以下の数々の横糸が過度に複雑にならない程度に絡まり、物語の面白さを深めている。横糸は次作への伏線でもあり、本作も第1作と同様、To be continuedで終わる。

  • 日光の名門ミカドホテルの再建と若き女性社長貴子の成長
  • 金と少数精鋭の仲間で仕事するやり方から、政府・マスコミを掌で動かすことを覚える鷲津のスタイルの変化。
  • かつての部下アランの横死を巡り鷲津が受けた衝撃と再生、そして謎
  • 芝野の家庭崩壊の危機と再生  等

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*1:カネボウがモデル

*2:花王がモデル

*3:UFJ銀行がモデルと思われるが、事実と一致しない描写がいくつかあることから、名前を借りて日本のメガバンク全体を表したのだろう。

*4:モデルは日立?

*5:モデルはキヤノン?

しぶちん(山崎豊子)

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山崎豊子初期の中・短編集。

  • 船場狂い
    大阪の商業の中心地だった船場への憧れが高じ、船場に異常に執着するようになった商家の変わったおばさんのお話。執着が高じて船場の老舗を盛り立てていく…。

  • 死亡記事
    新聞社に入社した女記者が人事部長に連れられて社長に挨拶した。ここまでならよくある光景だが、社長は片脚を失っていた…。それをきっかけに社長の来歴を「取材」するうちに、その厳しい人柄に関心を寄せて行く。「ムッシュ・クラタ」に続く「毎朝新聞」人物伝(女記者とは山崎豊子自身であり、毎朝新聞は毎日新聞であろう)。

  • 持参金
    船場の大店から、妙に条件の良い見合い話が持ち込まれた小間物屋の四男。ウマい話に不審を感じ、娘の事情を探った結果最後にたどり着いた真実とは?

  • しぶちん
    どケチで身代を築いた材木商の、度肝を抜くどケチぶりの数々。こうなると、金と貯める行為そのものが人生の目的になっており、なんともいじましい。

  • 遺留品
    謹厳実直な愛妻家の大手企業の社長が航空機事故で死んだ。その遺留品に不似合いなドライミルクの缶が。社内が上から下まで想像をたくましくする中、社長を尊敬してきた秘書がドライミルクの謎に挑むが…。ミステリータッチの企業小説とでも言おうか。
    余談だか、この小説に、あの白い巨塔でおなじみの浪速大学が出てくる。里見助教授ではベッドが取れなかったので、鵜飼派の葉山教授がちょっと助けたのだろうw

《Amazon》しぶちん(山崎豊子 新潮文庫)
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天地明察(冲方丁)

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江戸時代初頭に貞享暦への改暦を実現し、江戸幕府の初代天文方になった渋川春海の活躍を描く。

日本の暦は862年に唐から伝来した宣明暦に依ってきたが、江戸時代になると誤差が積み上がり、現実の太陽の運行(春分など)と2日の差が出ていた。これを精密な天文観測と算術を駆使して貞享暦に改暦したのである。

本因坊家と並び、将軍の御前で囲碁を見せる囲碁方安井家に生まれた二代目安井算哲。囲碁方といってもあらかじめ打ち合わせた棋譜の通りに打ち、将軍に解説をつけて見せるというヤラセみたいなもので、算哲は将来に閉塞感を抱いていた。むしろ趣味の天文観測や算術に熱心で、どんな難問も一瞬で解く算術の大家関孝和に憧れとコンプレックスを抱く。どこか抜けたところがあるが素直で優しい奴。天文や算術の世界ではあえて渋川春海という別名を名乗っていた。

ある日、囲碁方ながら帯刀を許され(本人にとっては強要され)、大老酒井忠清囲碁の相手を務めさせられることに戸惑いを覚える。

その後、算術での挫折体験、北極星の高度で各地の緯度を測量するプロジェクトでの成功体験を経て精神的に成長した春海は、会津藩主保科正行から改暦のリーダーとなることを命じられる。現代に喩えればはやぶさを飛ばすプロジェクトリーダーのようなものである。帯刀はこの伏線であり、大老をはじめ春海と出会った数々の人物が一致して春海をリーダーに推していた。それは春海の人物と実績が認められた証だったが、長い苦闘の始まりでもあった。

囲碁の世界では悶々とする春海だが、測量や改暦では持ち前の素直さから使命感を抱きつつひたむきに打ち込む姿は爽快である。また、春海自身は天文や算術のバックグラウンドを持つ技術者だが、リーダーとして技術に偏らず、改暦が社会・経済・政治にもたらす影響をしっかり見定め、広い視野に立って改暦を進める。関孝和との邂逅の場面で春海に湧き上がる怒りは、まさにリーダーの思いである。そのようなリーダーとしての春海のあり方にも共感を覚えた。

Amazonでは下巻の評価が低めだが、下巻のハイライトにはリーダーとしての春海のあり方と、算術を極め後世に足跡を残した関孝和vs技術を結集し現在の社会を変えた渋川春海の対比、協力を推したい(上巻に比べると地味だが)。

《Amazon》天地明察(上)(冲方丁 角川文庫)  天地明察(下)(冲方丁 角川文庫)
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警視庁情報官 サイバージハード(濱嘉之)

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秋葉原を管轄する警視庁万世橋署署長に栄転した黒田警視が、管内で発生した不正出金事件を端緒に宗教団体の大掛かりなサイバーテロを暴く。

管内の四井銀行ATMからの不正出金の報せを受け、黒田署長以下警視庁の捜査チームが四井銀行のコンピュータセンターを調査したところ、不正侵入の形跡が発見される。さらに、国会関係の口座を一手に引き受ける別のメガバンク共同ライン銀行*1でも不正出金が発覚し、被害口座は四谷教団*2配下の政党*3であったことも判明。黒田署長が警察トップの特命を受けて臨時捜査チームのヘッドとなり(この経緯にはあまり現実味を感じないが)、日本の警察の威信をかけた捜査が始まる。

このシリーズでは毎回国内宗教団体の裏事情が語られるが、今回はバチカンを含むキリスト教の世界の情報が濃厚に語られており非常に興味深い。最近ローマ法王フランシスコがアメリカとキューバの国交回復交渉開始に影響力を行使したことも然りだが、バチカン自体が一つの情報機関であることがわかる。

万世橋署のパソコン野郎落合一真巡査をはじめとする警察ハッキングチームが、合法・非合法の手法を駆使して犯人に迫るシーンも見もの。一真くんのビミョーな恋とその意外な結末もお楽しみ。純粋で有能な一真くん、将来ハニートラップの毒牙にかからないことを祈る。

最後に犯人の動機と意外な狙いが明らかになるが、そこに狂信と好奇心の暴走の恐ろしさを感じた。

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*1:モデルかどうかは分からないが、四井銀行は三井住友、共同ライン銀行は三菱東京UFJから名前を拝借したのだろう。

*2:創価学会がモデル。ここまで毎回顔を出すともはやシリーズのレギュラーである。

*3:公明党がモデル

警視庁情報官 ブラックドナー(濱嘉之)

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黒田警視が世界を股にかけた臓器売買ビジネスの闇に斬り込む。

久しく姿を見せず重病説が流れていた暴力団の組長を黒田警視がハワイで目撃するところから事件が始まる。

実は重病説は事実で、日本の聖十字病院*1を窓口にアメリカで肝臓移植を受け、新たなシノギに手を染めていたのだ。

今回も黒田たちが捜査を始めると出るわ出るわ、臓器売買の舞台がフィリピンをはじめとする海外に広がっており、関係者も宗教団体や政治家、そしてあろうことか警察内部にまで広がっていることが判明する。しかも彼らが臓器売買に手を染めたきっかけは…。

その他、今回の見物。

  • 広域暴力団の組長をアメリカがタダで入国させるはずがなく、組長とアメリカ当局との間で繰り広げられる駆け引き。
  • 体を壊してもタダでは起きない暴力団や政治家のしたたかさにもある意味で感心。
  • 海外を股にかける臓器売買を日本の法律で摘発することは難しく、どうやって強制捜査に持ち込むかも見物。

《Amazon》警視庁情報官 ブラックドナー
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*1:名称・所在地から聖路加がモデルと思われる。

暖簾(山崎豊子)

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明治・大正・昭和と親子二代にわたって受け継がれる大阪、船場商人の魂の物語。店の軒先に掲げる暖簾が、家業の象徴、また魂を次代に引き継ぐDNAとして親子の精神的な支柱となり、家業を導いてゆく。

明治29年に、先代が淡路島からほとんど身一つで船場に上り、同郷の昆布屋の主人に拾われるところから物語が始まる。持ち前の勤勉さと節約で、兄弟子を追い越し異例の速さで番頭に昇進し、ついに本家からの暖簾分けを果たし、浪花屋を開店する。

その後現地での仕入・加工工場設立に他店に先駆けて取り組み、関東大震災室戸台風の打撃も乗り越えるが、太平洋戦争の空襲で遂に焼失の憂き目に遭う。

大学を出て修業を始めるも、初めは頼りなかった二代目は、復員後に昆布の仕入・加工・販売のすべてを学び取る。そして父の死を乗り越え、戦後の経済復興の波を的確にとらえて復興を果たしてゆく。その過程で見た目やしゃべり方までが先代そっくりになっていく。 

物語は神武景気の頃で終わるのだが、その後の高度成長・オイルショックバブル経済・平成不況・少子高齢化と変容する社会の中で浪花屋も翻弄されたであろうし、21世紀を迎えられたかどうか(現実には先細りの可能性が高かろう)。その後の物語に想像がめぐる。

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警視庁情報官 トリックスター(濱嘉之)

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詐欺集団に「黒ちゃん」こと黒木警視以下警視庁総務部情報室が挑むシリーズ第3弾。

今回も、公安マンたちの地道な情報収集と分析によって膨大な情報が見事につながり、政治家あり、宗教団体あり、暴力団あり、新興企業ありの、日本社会の暗部が絡まり合って甘い汁を吸う構図が浮かび上がってくる。

しかし、詐欺集団を追っているうちに、先鋭的な宗教団体のとんでもない計画が明らかに。そこで黒ちゃんが謀る一網打尽の検挙計画が笑える。「事件が起きた時点で敗北」の公安らしからぬ手法であり、現実には警察トップが許すとは思えないが。

宗教団体の内部事情、団体間の対立関係と暴力団の関係など、情報は今回も超一級の面白さである。

なお、このシリーズに出てくる人物や団体のほとんどに現実のモデルがあるのだが(今回は森喜朗田母神俊雄・もはやレギュラーの統一教会創価学会アパホテルあたりか)、「研鑽教会」だけはモデルがわからない。知っている人がいたらコメントで教えてください。

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警視庁情報官 ハニートラップ(濱嘉之/原題 公安特命捜査 警視庁情報官2)

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警視庁情報室の公安マン黒木警視が活躍するシリーズ第2弾。

中国が仕掛けたハニートラップにまんまと嵌められて防衛機密を漏らしちゃったという最近ありがちな犯罪を警視庁情報室が暴く。

小説としてそれほど面白いストーリーではないが、普通の男が自覚なく嵌められてズブズブと溺れてゆく姿がリアル。それも、一人ではなく二人が。

今回も、世界を股にかける公安捜査の実態や、ハニートラップに嵌まった政治家の例が実在のモデルが明らかに分かるように描かれており、情報として非常に面白い。

《Amazon》警視庁情報官 ハニートラップ
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ムッシュ・クラタ(山崎豊子)

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山崎豊子といえば、読み応えタップリの長編を思い出すが、これは短編・中編集。夫婦関係の無常を描いた作品が多い。

  • ムッシュ・クラタ
    フランスに傾倒する風変わりな新聞社の外信部長が亡くなって10年。同じ社で女性記者だった「私」が氏の友人4名と妻子に生前の思い出を聞きに行き、過酷な戦時体験や生い立ちにまで遡ってダンディズムのバックボーンを明らかにして行く。
    山崎豊子にとって印象深い人物を書き遺すとともに、彼女の創作活動のあり方を自ら記した、二つの意味での私小説であろう。
  • 晴れ着
    義弟と駆け落ちした女が、病床の義弟のために質入れした晴れ着を借り受け、いそいそ帰ったが…。晴れ着フェチという隠微で淫靡な横糸を味わいたい。
  • へんねし
    大阪の洋傘屋の旦那、女好きで愛人を囲っては早死にしてしまう。そんな愛人達を懇ろに弔い、子供すら引き取って育てる妻の姿に、旦那は薄気味悪さを感じるのだが…。へんねしとは何か、それは読んでのお楽しみ。女ってコワい、というラスト。(サスペンスではないので妻が犯人だったというオチはないです、念のため)
  • 醜男
    美人妻が自慢の醜男のサラリーマン。妻のPTA役員当選をきっかけに夫婦関係が破綻し、ただの金蔓と化す。同情した妻の実家に後妻を紹介されたのだが…。「ただしイケメンに限る」という現実は今も昔も変わらない。

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