書評ブログ

日々の読書の記録と書評

暖簾(山崎豊子)

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明治・大正・昭和と親子二代にわたって受け継がれる大阪、船場商人の魂の物語。店の軒先に掲げる暖簾が、家業の象徴、また魂を次代に引き継ぐDNAとして親子の精神的な支柱となり、家業を導いてゆく。

明治29年に、先代が淡路島からほとんど身一つで船場に上り、同郷の昆布屋の主人に拾われるところから物語が始まる。持ち前の勤勉さと節約で、兄弟子を追い越し異例の速さで番頭に昇進し、ついに本家からの暖簾分けを果たし、浪花屋を開店する。

その後現地での仕入・加工工場設立に他店に先駆けて取り組み、関東大震災室戸台風の打撃も乗り越えるが、太平洋戦争の空襲で遂に焼失の憂き目に遭う。

大学を出て修業を始めるも、初めは頼りなかった二代目は、復員後に昆布の仕入・加工・販売のすべてを学び取る。そして父の死を乗り越え、戦後の経済復興の波を的確にとらえて復興を果たしてゆく。その過程で見た目やしゃべり方までが先代そっくりになっていく。 

物語は神武景気の頃で終わるのだが、その後の高度成長・オイルショックバブル経済・平成不況・少子高齢化と変容する社会の中で浪花屋も翻弄されたであろうし、21世紀を迎えられたかどうか(現実には先細りの可能性が高かろう)。その後の物語に想像がめぐる。

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警視庁情報官 トリックスター(濱嘉之)

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詐欺集団に「黒ちゃん」こと黒木警視以下警視庁総務部情報室が挑むシリーズ第3弾。

今回も、公安マンたちの地道な情報収集と分析によって膨大な情報が見事につながり、政治家あり、宗教団体あり、暴力団あり、新興企業ありの、日本社会の暗部が絡まり合って甘い汁を吸う構図が浮かび上がってくる。

しかし、詐欺集団を追っているうちに、先鋭的な宗教団体のとんでもない計画が明らかに。そこで黒ちゃんが謀る一網打尽の検挙計画が笑える。「事件が起きた時点で敗北」の公安らしからぬ手法であり、現実には警察トップが許すとは思えないが。

宗教団体の内部事情、団体間の対立関係と暴力団の関係など、情報は今回も超一級の面白さである。

なお、このシリーズに出てくる人物や団体のほとんどに現実のモデルがあるのだが(今回は森喜朗田母神俊雄・もはやレギュラーの統一教会創価学会アパホテルあたりか)、「研鑽教会」だけはモデルがわからない。知っている人がいたらコメントで教えてください。

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警視庁情報官 ハニートラップ(濱嘉之/原題 公安特命捜査 警視庁情報官2)

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警視庁情報室の公安マン黒木警視が活躍するシリーズ第2弾。

中国が仕掛けたハニートラップにまんまと嵌められて防衛機密を漏らしちゃったという最近ありがちな犯罪を警視庁情報室が暴く。

小説としてそれほど面白いストーリーではないが、普通の男が自覚なく嵌められてズブズブと溺れてゆく姿がリアル。それも、一人ではなく二人が。

今回も、世界を股にかける公安捜査の実態や、ハニートラップに嵌まった政治家の例が実在のモデルが明らかに分かるように描かれており、情報として非常に面白い。

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ムッシュ・クラタ(山崎豊子)

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山崎豊子といえば、読み応えタップリの長編を思い出すが、これは短編・中編集。夫婦関係の無常を描いた作品が多い。

  • ムッシュ・クラタ
    フランスに傾倒する風変わりな新聞社の外信部長が亡くなって10年。同じ社で女性記者だった「私」が氏の友人4名と妻子に生前の思い出を聞きに行き、過酷な戦時体験や生い立ちにまで遡ってダンディズムのバックボーンを明らかにして行く。
    山崎豊子にとって印象深い人物を書き遺すとともに、彼女の創作活動のあり方を自ら記した、二つの意味での私小説であろう。
  • 晴れ着
    義弟と駆け落ちした女が、病床の義弟のために質入れした晴れ着を借り受け、いそいそ帰ったが…。晴れ着フェチという隠微で淫靡な横糸を味わいたい。
  • へんねし
    大阪の洋傘屋の旦那、女好きで愛人を囲っては早死にしてしまう。そんな愛人達を懇ろに弔い、子供すら引き取って育てる妻の姿に、旦那は薄気味悪さを感じるのだが…。へんねしとは何か、それは読んでのお楽しみ。女ってコワい、というラスト。(サスペンスではないので妻が犯人だったというオチはないです、念のため)
  • 醜男
    美人妻が自慢の醜男のサラリーマン。妻のPTA役員当選をきっかけに夫婦関係が破綻し、ただの金蔓と化す。同情した妻の実家に後妻を紹介されたのだが…。「ただしイケメンに限る」という現実は今も昔も変わらない。

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警視庁情報官 シークレット・オフィサー(濱嘉之)

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警視庁の超優秀なノンキャリアの公安マンを主人公に据えた、公安モノの警察小説シリーズの第一弾。

原発利権とそれに群がる政治家・宗教団体などの暗躍、それに対峙する公安警察の活躍が描かれている。秀逸なのは、原発に反対する地主を暴力団を使って追い出すシーン。証拠を残さないために暴力団が選んだアナログな手段に微笑。シノギも楽ではない。 また、公安の基本「転び公妨」による被疑者逮捕のシーンもリアルである。

濱嘉之の経歴を見ると、警視庁の公安マンとして活躍したことが伺える。その頃の実体験や見聞を投影させているのだろう。登場する団体や人物には大抵実在のモデルがある(さすがに、警視庁総務部に情報室という秘匿セクションを作った設定はフィクションだと思うが…)。

公安というと左翼を監視するイメージが強いが、現実はそれだけではない。日頃から社会に多くの協力者を作りつつ、一旦背後関係が複雑な事件の端緒をつかめば、協力者を使って陰に陽に捜査を指揮し、政官財、宗教、反社にかかわらず犯罪者を一網打尽にすることが本来のミッションであることがわかる。

それだけに登場人物・団体、背後関係の説明に多くの紙数が割かれ、ラストでももやもやが残りカタルシスがあまり得られない。利権が絡む事件の場合、多くの端緒情報のうち立件され、報道されるものは一部に過ぎないだろうから、これは捜査の現実を表しているのかもしれない。また、膨大な情報には次作以降の伏線も含まれている。

この巻は、シリーズの導入編として、公安警察を知る資料として、そして実在のモデルを想像しながら読むのが面白いだろう。

《Amazon》警視庁情報官 シークレット・オフィサー
《楽天》警視庁情報官 シークレット・オフィサー 

臨場(横山秀夫)

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言わずと知れたテレビドラマの原作。

主人公の倉石警視は、 豪放で、一匹狼で、しかも非常に優秀な検視官。終身検視官だの、クライシス・クライシだのと綽名される。心酔する者は多いが上にとっては扱いにくいタイプの典型である。

倉石はすべてにおいて鋭さが突出した人物として描かれているが、ドラマほど極端なキャラクターではない。わざわざ捜査会議に出て野菜をかじることはないし、小説の全編にわたって主人公として前面に立って目立つわけでもない。
しかし、その腕と人物によって病死、自殺、他殺を的確に見極め、背後の人間模様まで明らかにする、その様は鋭利な剃刀を思い起こさせる。

《Amazon》臨場(横山秀雄 光文社文庫)
《楽天》臨場(横山秀雄 光文社文庫)

動機(横山秀夫)

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警察とその周辺の人々にまつわる事件を取り上げた短編推理小説集(「逆転の夏」だけはやや趣が違う)。
警察内部の不祥事あり、警察回り記者の引き抜きあり、裁判官の居眠りあり。その陰には必ず意外な犯人と意外な動機がある。そういう「中の人」たちの人間模様が興味深い。

《Amazon》動機(横山秀夫 文春文庫)
《楽天》動機(横山秀夫 文春文庫)

陰の季節(横山秀夫)

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警察内部の不祥事や県警本部の職務を題材にした、異色の短編推理小説集。
ドラマで取り上げられることが少ない人事・監察・議会対策に携わる県警本部警務部の警察官が奔走する。

全ての話に用意されている大どんでん返しがとても面白く、推理小説として一級。また、物語の背景として語られる警察組織の内情も非常に興味深い。お薦め。

《amazon》陰の季節(横山秀夫 文春文庫)
《楽天》陰の季節(横山秀夫 文春文庫)

あかね空(山本一力)

楽天ブックス版  あかね空

京都で鍛えた豆腐作りの腕を頼りに江戸に出てきた栄吉と妻おふみ、そして3人の子供たちの家族ストーリー。全編を通して人情に溢れ、泣かせる作品。直木賞受賞作とのこと、相応しいと思う。

《第一部》
栄吉は江戸の深川で豆腐屋を開き、豆腐の好みの違い(江戸は木綿で京都はソフト)に戸惑いながらも努力の甲斐あって次第に受け入れられ、江戸の豆腐業界で確固たるポジションを築いてゆく。その裏にある下町の人々のさりげない気遣いと、それを知らずに成功を素直に喜びあう栄吉とおふみの姿に泣ける。冷静に考えるとあまりにも出来すぎた話だが、それを差し引いても人情に胸うたれるものがある。

《第二部》
子供たち3人+次男の嫁が、様々ないきさつですれ違い、対立し、危機を迎え、そして和解する。親子2代にわたって長い時間をかけてもつれた糸が、ここでも人々の人情を助けにきれいにほどけ、未来を語る最後に何かほっとした。

良寛(立松和平)

楽天ブックス  上巻 下巻

江戸時代の禅僧良寛の伝記。

子供の頃に読んだ百科事典の影響で、良寛には子供好きで、一日中子供と手まりをついて遊んでいたいい人というイメージが強かったが、若いころに厳しい修行に打ち込み成就してきた宗教者としての太い背骨を持っており、また書道や詩歌に優れる風流人でもあったという。

上巻では、近所の寺に出家して以来ストイックに修行に邁進する良寛が描かれ、張りつめた緊張感がある。良寛が食事や身だしなみの作法を真似ながら学ぶ場面では、仏教における正しい作法が事細かに描かれている。仏教の教えとは、死後の世界と精神論を説くだけではなく、日々の生活をよりよく生きるための具体的な指針を示すものでもあることを教えられる。

下巻になると雰囲気が変わり、父の死をきっかけに視線が自分から衆生に向いた良寛の温かいエピソードが描かれる。子供と遊ぶ一方で、疫病で次々と子供が亡くなっていく。そして老境を迎え兄弟や友人が次々と苦境に陥ったり亡くなるようになり、次第に無常と寂寥を強く感じさせるようになる。作者の立松和平が執筆中に亡くなったため、良寛の最期が描かれることなく突然終わっていることが、その余韻を一層深めている。

 随所に良寛の手になる短歌・俳句・漢詩が散りばめられ、鑑賞するのも一興。

(不勉強を喧伝するようで恥ずかしいが、これまで立松和平ニュースステーションで旅行していた人という認識しかなく、仏教に関する著作を多数著している作家だということも本書で初めて知った。)

倫敦塔(夏目漱石)

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主人公が見物に行ったロンドン塔で、かつてここで非業の死を遂げた人物の悲哀の姿を想像し、目の前の風景のように活写した幻想的な作品。
漱石自身がロンドン留学中にロンドン塔を見物し、この記憶を下敷きにしたのだろう。

満韓ところどころ(夏目漱石)

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漱石の友人中村是公満鉄総裁)に招かれた満州旅行の紀行。日本の都会とは雰囲気の違う大連の街並みや広大な満州の田園風景、そして戦後間もない日露戦争の激戦地旅順の様子がくっきりと描かれている。
作中で何度も謳われる当時の大連の澄みきった空気は現在も残っているだろうか。

明暗(夏目漱石)

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 新婚の由雄とお延。しかし二人はどこかよそよそしく、しかも派手好みがたたり家計は火の車。由雄が手術費用を実家に無心するに至ってついに父親もキレ、援助を渋るようになる。
お延が奔走し、お延の叔父の援助を受けることになったのだが…。
執筆中に漱石が永眠したため、未完成となっている(いいところで終わっているので、物足りなさを感じるかも)。

草枕(夏目漱石)

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 写生旅行に出た主人公と宿の女主人の恋愛物語(東京帝大の教壇で'I love you.'を「月がきれいですね」と訳すよう指導した漱石にとって、これは官能小説とすらいえるのではあるまいか)。主人公が語る漱石の芸術論も興味深い。

坊っちゃん(夏目漱石)


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無鉄砲な坊っちゃんが数学教師として松山に赴任して始まる痛快ストーリー。ストレートな人物描写と江戸っ子らしい坊っちゃん自身のナレーションが小気味良い。

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